篠栗霊場開きその2 28年3月6日

篠栗霊場開き 28年3月6日

延命寺月参り 28年2月8日

延命寺月参り 28年1月4日

篠栗霊場法青会 寒行托鉢 27年12月9日

延命寺12月歩き遍路 27年12月7日

篠栗霊場参拝研修・お大師さん参り 27年11月27日 2日目

篠栗霊場参拝研修・お大師さん参り 27年11月26日

山王寺火渡り 11月8日

南蔵院護摩供養その1 9月30日

お砂踏み  9月30日

南蔵院ソプラノコンサート  9月22日

南蔵院筑前琵琶奉納会  9月13日

第24回夏期「寺子屋」講習会 8月4~5日

バス遍路 6月14日  

◇ 篠栗小校区づくり お遍路お接待体験 27.4.18  

◇ 南蔵院花祭り  

◇ 篠栗霊場開き  

 太陽が顔をのぞかせたが陽光というには弱々しいといったところ、篠栗霊場開きが、役場駐車場を会場に執り行われた。白線が引かれた風情乏しい駐車場も、山王寺副住職の口上、そして読経へと移るころには厳かな空気が漂う。
 参加規模は過去最高とのこと。大集団は、霊場会の藤会長の「遍路歩きはこの季節が最適です」とのあいさつでの言葉をかみしめ、打ち始めの本明院、さらに梅の香漂う高田・金出へと足を伸ばした。


◇ 遍路体験 2月14日 

学校行事ではないが、子どもの遍路体験が、2月14日(土)にあった。今年の日程(コース)は町部で、延命寺→篠栗地蔵堂→遍照院→篠栗恩山寺→
篠栗公園大日寺→中町屋島寺→中町延命寺→下町薬師堂→補陀洛寺。先達さんは篠栗霊場法青会の三名の若い副住職さん。各札所では説明を聞いて、印刷された般若心経を唱えた。学校に戻って、食育の会の皆さんから豚汁、卵焼き、おむすびのおもてなしがあり、疲れも癒された。


先達さんの紹介
先達さんの紹介
先達さん
先達さん

会長お礼の言葉
会長お礼の言葉
いただきます
いただきます


◇ 寒行托鉢 12月15日 

 早朝7時、読経が篠栗駅前に響いた。法青会が毎年勤めている行事である。今年は10人が集まって1時間半にわたり篠栗駅の乗降客を中心に喜捨を求めた。

駅前
駅前

観光協会前
観光協会前
駅前托鉢
駅前托鉢

山本副住職
山本副住職
エリアセンター篠栗前
エリアセンター篠栗前

◇ 三分の一参拝 

 篠栗町観光協会が主催する「三分の一参拝」が十一月二十九日・三十日、町内外から二十七人の参加をえて実施された。
 先達を担ったのは法青会のメンバーで、西副住職(遍照院)、三船副住職(三角寺)、山本副住職(宝山寺)の三人だった。先達とともに二七人の道行きにさらに彩りを添えたのは、森林セラピー森の案内人五人の存在である。「私たち森の案内人は、今回のような催しに参加するときは、一週間ほど前にコースに入り、倒木や雑草を取り除く作業をしている」との報告があった。縁の下の力持ちの森の案内人の活動はもっと光が当てられていいのにと思った。
 今回のコースのスタート地点は養老寺である。若杉楽園を経由して杉の老大木と対面しつつ奥の院へ登る。
 この日の昼食は霊峰会が営む茶店だった。うどんと、いい塩梅の手製の漬け物、素朴な食膳は参加者に好評だった。実はこの茶店の一押しはワンカップである。冷や酒のうまさと絶妙の酔いは、絶対にここでしか味わえない。自分の足でここまでたどり着いた人だけが楽しめる極楽である。昼食二日目はセラピー弁当を味わう。昼飯が印象の残る遍路の旅だった。
 参加者が減っているのが気がかりだ。


◇ 法青会第23回夏季「寺子屋」講習会 7月30、31日 

 寺でおこなう寺小屋が、7月30日(水)~31日(木)、南蔵院を中心に篠栗町内から22名、粕屋町、福岡市東区、中央区、南区、宗像市、行橋市などから20名、合計42名の小・中学生が参加して行われた。初日の様子は、朝のNHKニュースで紹介され、Tシャツを染めることや、滝に打たれることが紹介。筆者が同行取材したのは、二日目のお遍路から。子どもたちは、手にお経本と納経帳、水分補給のための水筒を。般若心経を唱える声も大きく、何回も参加したという子どもたちも。閉講式は、南蔵院本堂で、一人ひとりに修了証が手渡され、記念の集合写真撮影となった。それには、『あなたは第23回寺子屋を修了されました。今回の経験を学校や家庭生活の中で生かされることを心より念じます 篠栗霊場 法青会』 と。(申込み書によると)法青会とは篠栗霊場の若いお坊さんの会ですと注釈がついていた。






◇ 延命寺牟田副住職先達のお遍路さんたち 6月22日 



◇ 延命寺月参り 5月5日 

 季節ごとの美しさを際だたせるような遍路道や札所に磨いていく。さつき晴れ、新緑の緑につつまれたい、78番札所の辺りの遍路道をそぞろ歩いてみようかと、福岡都市圏の住人のオアシスになればいい。







◇ 桜 遍路道 出会い 酒 

 桜を求めて遍路道を歩く。関東方面から来たという二人連れの、白装束が絵になって、ついついまとわりついてしまった。山手港屋で邂逅する。上は樹芸の森の桜並木トンネル下を行く二人。下は港屋、春の味が素晴らしかった。

 





◇ 篠栗四国霊場開き 3月1日

 肌寒さの残る三月一日、篠栗町役場駐車場で「篠栗四国霊場開き」が、多くの参拝者を集めて開催された。
 藤霊場会会長は俳句の季語〈山眠る〉を紹介し、「黒基調の山が寒の緩みで芽がふくらみほわっとした色に変わるこの季節の山が好きだ、みなさんも山の雰囲気を味わってほしい」とあいさつした。






◇ コラム駅前広場 3月9日号

印象派・箱根駅伝・遍路道

 印象派の絵画は日本人の好みらしい。霧と雨のロンドン市民があこがれるならわかるが、ぜいたくな陽光に彩られてこれほどに四季の移り変わりのすばらしい日本に住みながらなぜなのだろう。印象派が花開いたのは、絵の具が野外に持ち運びできるようになったからという。箱根駅伝は今でこそ正月テレビ番組の雄であるが、二十数年前は最終区の一部だけを生中継していたらしい。中継技術が未熟で全コースをカバーできなかったからという。技術の進歩は確実に新しい文化を生み出す。
 篠栗八十八カ所の遍路道はその点どうなのであろう。アスファルト道路に変わったり、車の行き交いが激しくなったり、どちらかといえば風情が損なわれている面の方が多いのではないか。上の写真に写る66番札所から上る雑木林、杉林の木立の中を行く遍路道は整備が行き届いて歩きやすく歩いて気持ちのいい散策路である。こんなふうに宗教の厳かさ深遠さを保ちつつ、現代の技術を生かして遍路道を改良して誰もが親しめるような快適なコースをつくってほしい。修行が難行苦行でなければならないのは過去の話だ。
 篠栗の霊気と自然の豊かさ人情の厚さを感じさせる遍路道はいたるところにある。町中の札所にも大切にして残したい奥深い味がある。現代の物質的豊かさをうまい具合に活用して福岡都市圏の老若男女の心のふるさととなるような遍路道に磨き上げてゆく。物語が加わればさらに強力になる。JRの駅が幸福駅とか夜明駅とかいう駅名でブームになったように。本尊と名物住職と周辺の名所を掛け合わせたりすれば…。

 


◇ コラム駅前広場 3月2日号

白衣と遍路道

 私の母親の里は紙屋という遍路宿をしていた。夏休みなどに兄弟で遊びに行く。数日間泊まって、いつも二、三回寝小便をして迷惑をかけた苦い思い出もあるが、「にいちゃん、ねえちゃん」と慕っていた叔父叔母から可愛がられ、祖母にあたたかく見守られ、私にとってなかなかに楽しいセピア色の風景だ。その祖母が俳句をたしなんでいたらしく、ある時俳句をしたためたメモ用紙を見つけた。へー、ばあちゃんって俳句をするんだと新鮮な驚きがあった。たしか〈菜の花や真一文字の白い列〉みたいな句があった。
 かつて篠栗駅前広場を埋め尽くすほどの白装束の遍路が、この時期参集したらしい。壮観であったろう。霊場開きは、その白の大集団に起源があるとエリアセンター前所長から聞いた。彼も篠栗の生き字引的存在になりつつあるのか。
 今はコンビニエンスストアになってしゃれてスマートな一角になったが、駅前のローソンの敷地には遍路相手の土産物の店があった。そこを中心に集まる白装束の大集団は絵になったであろう。彼らが集う霊場開きはおごそかで華麗だったに違いない。これはぜひ現篠栗駅に再現したいなあと思う。いつもコンテストを持ち出して「あんたも好きだねえ、バカの一つ覚えか」と蔑まれそうだが、ミス白衣コンクールなんか開く。そうして長い白い列が遍路道を歩く。祖母が俳句にうたったように遍路道は白衣姿がよく似合う。町内外の写真愛好家が殺到するかもしれない。延命寺住職が心血を注ぐ月参りなんかを発展させて、コンパクト八十八カ所の強みを生かしてと想念は広がる。