既に福岡県のランドマークとなった南蔵院涅槃像で2014(平成26)年の篠栗百景を締めくくる。
 よその県の人に篠栗を紹介するとき「八十八カ所がある篠栗」と並んで「涅槃像の篠栗」を使う人が増えたのではなかろうか。篠栗のイメージはそれで十分に伝わる。のだが、ここは強力で鮮烈なイメージを複合的に町外の人に伝え植え付けたい。現状では二つの他にこれといったのはないようだ。創ればいい。祝日に日の丸を各家庭にと決議した町議会を伝えた西日本新聞記事を先々週紹介した。成功すれば全国初となってオールジャパンの耳目をひきつけよう。町議会の英断に意気に感じたエリアセンター前所長が早速掲揚したが、周囲を見て愕然とした模様である。記事にもあったように強制できないところがきついわけで息長い英知と献身性の発揮が不可欠となる。
 日本の町や村はこれまで経済成長を前提に政治や行政を進めてきた。右肩上がりの経済成長は労せずして税収が毎年増える。国の指導のもと横並びで道や施設をつくっておれば事足りた。これからは税収を確保するために、町に産業を興さねばならなくなる。殖産興業は国の仕事だったのが、今や待ちの姿勢では町は間違いなくじり貧になる。ある研究者は日本の自治体で自ら産業政策をもっているのは十指に満たないと言い切った。企業誘致は今や負の産業政策だし。
 町独自の産業を興すというのは簡単ではない。前例は乏しいし、先が読めない曲がり角の時代である。しかしだからこそ新産業なのだ。我が町にはこんなステキな企業があると威張りたい。(続)

こむそうさんと呼ぶ深い編み笠をかぶった袈裟姿の人が尺八を吹き軒先を回り喜捨を乞う,子供の時分に見た情景が忘れられない。親から渡されたお金を今となっては記憶が定かでないがこむそうさんが持つ扇に乗せたのだったか。顔をのぞくことができない深い編み笠が醸す怖い雰囲気とそのたたずまいが何か偉い人の様な印象とを与えて、子供にとってなぞめいた思い出を残してくれた。人生というのはいろんなことがあるんだなあみたいな思いを抱かせてくれた。托鉢というものを身近に知るいい経験でもあった。
 だから僧の集団が篠栗駅で寒行托鉢をする、それも般若心経を唱え続けながらの行に接することができた子供たちは、その心象風景に人どうしが助け合うことの意味とかを日本の僧侶の集団の美しさとともに心に刻みつけるはずだ。法青会メンバーの心意気と実践に拍手を送りたい。年の瀬の篠栗の風物詩になったのではないか。厳しい修行なのだから風物詩という表現は軽すぎるが。
 観光資源になるとついさもしいことを思いつきがちだ。だが篠栗だから接し味わうことができる、そして仏の愛を受けることにもなる、かつ人助けになるビッグエベントと称してもいいせっかくの営みを、まずは篠栗町住人が味わい尽くすべきなのであろう。篠栗駅前広場が人であふれ、過ぎゆく年に天災や人災で命を閉ざされた人への追悼の線香の煙と香が充満し、一心にお百度を踏む一団がいたり、はたまた一角では護摩供養があっていたり、篠栗の名僧たちによる法話がテント小屋であっていたり、宗教と賑わいの一大絵巻を繰り広げ。

今回の三分の一参拝コースは、写真で見るとおり見所のあるポイントが多い。そこを金剛杖ありノルディックウォーキング用ポールありの一行が歩く。いくつかの観光資源を魅力的に組み合わせ演出する、ことが問われているとき、示唆すること、ヒントになることがありそうである。だが残念なことに記事に書いているとおり参加者は減少しているようだ▼ジブリ作品「おもいでぽろぽろ」に、主人公の女性が田舎にきて自然そのものと思いこんでいた里山の景色のすべてに人間の手が入っていると地元の人から説明を受けるシーンがある。自然と人間の生の営みが交錯するところに、切ないほど美しい景観が広がり仕事や人間関係に疲れた現代人を癒してくれる。「コロンブス」という映画で、島に到達した船乗りたちの前に原始の森が広がる。静まりかえった森は人をあたたかく迎え入れる気配はなく不気味でさえある。ありのままの手つかずの自然という言い方は、普通肯定表現として使われている。だが我々が自然の美しさをたたえるとき、あるいは自然から限りない愛撫を受けるとき、自然そのものではなく長い人間との関わりの中で生み出されてきた景観なのである▼記事中にある高木さんのことばが印象に残る。霊気が宿っているという篠栗の景色にだけ頼っていてもだめなのである。連綿と引き継がれてきた八十八カ所の歴史にあぐらをかいていてもだめなのである。遠来の人に楽しんでもらおう、癒しを与えようと思うのなら愛情を持って景観を育ててゆかねばならないということであろう。それこそが差別化なのか。

 健康寿命という言葉が話題になっている。健康上の支障がなく日常生活を送られる期間、と説明されている。社会学者の上野千鶴子に言わせれば、高齢者とは〈「いま」この時の、一瞬一瞬を大切に生きている人たち〉なんだそうで、健康でさえいれば日々楽しく前向きな気持ちで人生を楽しむ黄金の日々となる。
 高齢になっても健やかに活動的に過ごせる決め手は、「大腰筋を鍛えなさい」(久野譜也著・飛鳥新社)によれば①筋肉をつけること②有酸素運動をすることの二つだ。この本は前期高齢者あたりの人に非常な勇気と夢を与えてくれる内容に満ちている。何しろ二つのことを継続的に続ければ黄金の日々を約束してくれているからである。筋肉をつけるにしろ有酸素運動にしろ継続が肝だ。そこで著者は、いつでもどこでも道具がなくてもできる運動、習慣化できるコツを伝授してくれる。
 さらにこの本がすごいのは、個人の工夫や努力だけでなく視野を広げて健康にいいまちづくりを勧めることである。〈魅力的な町というのは、自然に歩かされてしまうものです〉と地方の城下町散策、東京の下町散策、大阪の繁華街散策をあげる。住人のそばにルンルン気分で歩くことのできるコースをつくる。そうすれば高齢者の健康が維持され医療費が節減され、活動的な老人クラブができ、町の賑わいを呼び戻すことができる。それはさらに他の町からの流入人口を生む。個人の究極の目標である生き甲斐のある人生を約束し、町の風格を高め人々を呼び込むことさえ期待できる。官民共同事業として町民総出の課題ではなかろうか。

 東京大学医学部の定員をインターネットで調べた。次のような記述があった。〈東京大学医学部(理科Ⅲ類)は、いうまでもなく日本最難関の大学入試試験です〉。で、そこを卒業し現在勤務医をしている里見清一先生が書くエッセイは無類のおもしろさである。彼は、人間ほど醜いものはない、ずるくて欲張りで臆病で‥と欠点を並び立てる。私は自信を持っていう、なぜなら自分がそうだからだ、とこの先生は断言するのだ。読みながら唸ってしまう。
 もちろん里見先生は分かっているのである。人間には一方で光り輝くような美質を持っているということを。性善説、性悪説を口角泡とばして論争することのむなしさは誰しも経験があろう。どんな人間にも善と悪が同居しているからだ。
 要介護5の父親を世話した男性の話がおもしろかった。(「路地裏の資本主義」平川克美著)。料理にはじまり、洗濯、排尿・排便の世話、入れ歯の洗浄、入浴介護に努めたらしい。そこで学んだという、〈人は誰も自分で思っているほど、自分のために生きているのではない〉。一人では何もできない赤ちゃんのときに生活すべてで受けた親の愛情を、老いて生活がままならない親にお返しする。それは、私たちの社会を存続させるために遠い祖先から引き継がれた知恵の掟なのだという。
 篠っ子ふれ・あいフェスタは様々な世代が集い、年々盛況さ多彩さを増しているようだ。中心でひっぱる十時先生の存在が大きいのだろうが、知恵の掟がうまく作用しているのだと思いたい。で、東大医学部の定員は百人、篠栗の神童、挑戦してみますか。


 長い歴史によってできた祭事は華麗さ厳かさ格調高さが備わってその場に集ったものを鼓舞したり感動させたりする。護摩供養というのも般若心経の響きとともに徐々に盛り上がっていく。受け入れるにふさわしいしつらえも必要だ。周囲の雰囲気も清浄さとか神韻さとかがなければならない。だから、そうそうどこででもできるわけではない。篠栗町ではこの日3カ所で護摩供養があったときく。仏の里篠栗のふところの深さを物語る。
 町おこしとかまちづくりとか観光を振興して人を呼び込んで元気な町にしようとか、この欄で結構繰り返し書いてきたのだが、なんだか日暮れて道遠しだなあという感じがしないでもない。たぶん、手順が間違っているのだろうとこのごろしきりに思う。観光客を増やすためにゆるキャラとかB級グルメとかつくり育てるという発想には限界がありそうなのだ。何よりもゆるキャラを住人たちがかわいがる。ゆるキャラと遊ぶのが楽しくてしかたがないと住民が親しみを持たなければ、よその町の人がゆるキャラにあこがれてやってくるはずがない。住人の多くが大好物となるようなB級グルメをまずは追求しなければ、よその町の人が舌鼓を打ちたいと思うはずがない。色気づいた若い男が恋人を作るために化粧したり財布を厚くしたり付け刃の努力をするよりも、まずは身の周りの人から信頼され慕われるように自らを磨くことが大事であるように、何より住人たちが誇りとできる町を地道に作ることこそ求められているのではないか。先人たちの文化遺産が篠栗にはありがたいほどにあるわけで。


コラム駅前広場 11月9日

 NHKの歴史番組「英雄たちの選択」は、見応えがある。織田信長とか西郷隆盛とか日本人なら誰もが知っている英雄も出てくる一方、一般に知られていない人とか、評判の悪い人物も登場して、こんな人が歴史上重要な役回りをしていたのか、と気づかされることが多い。
 歴史の中に埋もれたり、あるいは史実に反してマイナス評価をされている人に光を当て、さらには凡百の歴史家や小説家がその真価を見抜けなかった英雄のたぐいまれな人間的魅力に迫って多くの読者をよろこばせた司馬遼太郎という作家がいる。「司馬遼太郎作品」と「英雄の選択」はその点では共通項で結ばれるのだが、決定的な違いもある。司馬遼太郎は英雄たちのさっそうとした活躍を劇的に描く。歴史の流れの中で英雄たちが果たした壮大な役回りを高らかにうたう。だが「英雄たちの選択」はそうではない。英雄たちが直面した脂汗の出るような決断の場面での苦悩を描く。取り上げた英雄たちを一方的に礼賛をしない。一人の超絶的能力を持つヒーローが鮮やかに歴史を切り開いていったというふうにも描かない。複数の要人たちが、彼らの個人的思惑も絡めながら、さらには突発的な動きに翻弄されたりを織り込みながら歴史の真実に迫ろうとする。高邁な理想を持つヒーローだけが歴史を作ったわけではないのだ。「英雄たちの選択」風に映画化された歴史劇なら私は喜び勇んで映画館に赴く。
 園児たちのかわいさけなげさが画面に広がる「ささリンピック」を写した上の写真の背景には多くの裏方の献身と支えがある。それが人間社会の偉大さだろう。


9ラム駅前広場 11月2日

 生物学者の福岡伸一のベストセラー本「できそこないの男たち」は怖い本である、男にとっては。生き物の最大の仕事である子孫を絶やさず生み続けていく上で、オスは不要といってもいい存在だと福岡氏はいう。多様性を失わないために有性生殖活動が求められるだけであって、云々という記述がある。受胎したばかりの胎児はすべて女の子であり、男が恥じらいつつも誇らしげに所有しているちんぽこなるものは、母親の胎内で育つ過程で後からくっつけられるおまけみたいなもの、生物の基本はメスなのである。男は歳を重ねれば重ねるほど、女の強さをいやというほど知らされるのは、だから理由があるわけだ。 生き生きサロンというのは、これから老境の身になるものにとって関心を抱かざるを得ないのだが、各行政区のそれを写した写真に接するとため息をついてしまう。そこは圧倒的に女性の世界だからである。上の写真には、25人前後の参加者と15人の、世話役の福祉協力員の方々が写っているが男の影は少ない。年寄りというのは、社会のために働くことから解放されて、自分のことだけを考えて生活できる立場の人だみたいなことを書いていた本があった。誰からも後ろ指さされることもなく遊びをせんとや生まれけむを心おきなく楽しめる世代ということである。世のため人のために身を粉にして頑張ってきたつもりの男性たちは侘びしく家にこもっている。完成の域に達していると思われる生き生きサロンの今日これからの課題は、男たちをいかに引っ張り出すかにつきるのか。一番乗りの区はどこになるだろうか。


コラム駅前広場 10月26日

 サッカーにつづき「野球も粕屋区大会の優勝の栄冠を勝ち取るか」という華々しい出だしであった。中学野球糟屋区新人大会の話題である。会場の志免東中は上写真の通り外野フェンスのある野球専用の本格的なグラウンドをもつ。そこで我が篠栗中の吉武選手はフェンス越えの文句なしのホームラン、それも満塁弾を放った。残念ながら2回戦で、地元志免東に逆転負けを喫してしまったが。
 吉武選手や、先発して勝利投手となった植村投手は、実はこのミニコミ編集スタッフが彼らの少年野球時代からその活躍を追ってきた関係である。だから二人の若武者の活躍はことさらに感慨深いし、えもいわれぬよろこび味わわさせてもらっている。10年以上にわたり600号超の発行を続けてきたがゆえの役得であろう。取材力、情報収集力が乏しく、読者のみなさんに満足できる「篠栗町の動き」をもれなく報告する紙面からほど遠い現状を残念に思う。遅々たる歩みなれど、将来はスポーツに青春をかける彼らを各ステージごとに取材して、厚みのある内容となって篠栗町住人全体が彼らを支えるようになることだって夢ではない。
 京都の綾部市は人口規模が篠栗町とほぼ同水準の3万4千人の自治体である。驚いたことにここでは市全域だけを対象にした新聞があって社員も何人かいて経営が成り立っているらしい。参考にしようと3ヶ月分を申し込んだ。現在約20日間分の綾部市民新聞がエリアセンターにはたまった。地域新聞の鏡のような報道内容であった。こんな媒体があればまちづくりも市政もばっちりだろう。目標としよう。


コラム駅前広場 10月19日

 事大主義という言葉の意味を知ったとき「へー」と思った。字面から受ける印象とまったく違っていたからだ。ものごとを針小棒大に言いふらす様をいっているのか、戦前の日本の軍隊のように事件とか事変を起こして問題を大きくしようとするやり方をいっているのか、とかなんとか勝手に解釈していた。実は権威に弱い人の有様を言っている言葉という。あらためて国語辞書を引くと〈しっかりした考えもなく、勢力の強いものにつきしたがう考え方〉とある。
 自分は反骨精神とか反権力の気概をもっているとうぬぼれているくせに、実際の多くの場面では事大主義を基本とする自分に気づいて冷や汗をかくことが多い。スポーツの華は野球かサッカーだと思いこんだりしているのもその一つである。競技人口という観点からいえば、野球・サッカーがダントツではないし、バドミントンの競技人口は想像以上に多いらしい。
 ナインとイレブンというわけで選手の数も違うサッカーと野球は、興味深い違いがほかにもいくつかある。野球チームの集合記念写真はどこかスポ根の雰囲気が漂い、サッカーのはあか抜けしていると感じさせる。単にヘアスタイルの違いだでが醸す印象ではないようだ。
 で、最初に戻って事大主義の気分を持つ私は、野球やサッカーが地区大会、県大会と勝ち上がればワクワクするし、反骨精神ぶったりする私のときは、なんで中体連はラグビーを取り入れないのかと悲憤慷慨したりする。言い訳じみたこの文章はいったい何をいいたいかといえば、篠栗中サッカー部の優勝が嬉しくてたまらない事であった。


コラム駅前広場 10月12日

 ノーベル賞受賞で、改めてLEDの素晴らしさに光が当たった。人は、外部からエネルギーを受け取ることなく永久に仕事を続ける「永久機関」を夢見てきた。LEDは二つの意味で永久機関に限りなく近い。エネルギー消費量が小さい上に超長寿命だからだ。省エネのために蛍光灯をLEDに早く替えたいのだが、蛍光灯さえ最近のは優れものなのでなかなか寿命が尽きない。寿命が尽きるのを心待ちしているという倒錯した境遇にいる。平均余命からいくとあと十数年の命の私は、LEDの寿命が尽きる場面に立ち会うことができるのだろうか。
 「陰鬱礼賛」という随筆があってほの暗さの魅力を語っているそうだ。谷崎潤一郎は西洋風の明るい部屋で生活していたとか、和の美へのつっこみ不足とかこの作品に対して批判はあるようだ。しかし、岸恵子・佐久間良子・吉永小百合と日本映画界の大女優を配してつくられた同じ谷崎潤一郎原作の「細雪」という映画を見て三人の魅力に拮抗するがごとく陰鬱礼賛すべき映像がちりばめられていて、やっぱり谷崎潤一郎はすごいのだと決め込んだ。
 蛍狩りにいって「あっ、光った」とよろこんでいると道ばたに捨てられたポリ袋に街路灯の光が当たって反射しているだけなんてことがある。現代人が住む夜は至る所光にあふれている。蛍の光窓の雪の時代は遠い。
 LEDの登場は福音だが賢く使わねばならぬ。高山に登って降るような星空を眺めると人間は大切なものを失ったようにも思う。数日前の月食に心ときめく童心を持ち続けたいとも思う。てなわけで観月会の灯明の美しさをどうぞ。


コラム駅前広場 10月5日

 小学校の運動会は、誰しも心楽しい思い出に彩られているのだろう。なんてったって川中島だという人や、胸キュンのフォークダンスを大切な思い出にしまっている人とか。私の場合は豪華な弁当の思い出である。今になってみると料理は下手だったとはっきりと自信を持っていえる我が母親だが、豪勢に奮発してくれたなあと、今では毎日の食卓に出てきそうなバナナとかソーセージとかに感激していた。世代が違えば「なんのことやら分からない」ことをいきなり書いてしまった。
 伊丹十三という映画監督が、というかマルチ人間が〈自分も大人になったなあと実感するのは、当然自分よりも年上だと思いこんでいる床屋のおじさんとか学校の先生とかが、いつの間にか自分より年下になっていることに気づいたときだ〉みたいなことを書いていた。私も仕事の関係で学校の先生と対等に話をしていて、えーっ、とにかく色んな意味で頭の上がらなかった先生と今こうして一人の大人として渡り合っているわけか、自分も偉くなったなあと感慨にふけったことがある。というわけで、上の写真に目をやると、私の子の世代も既に先生になっているのかと、ほほえましくも我が余命はあと何年かとあわてたりと心かき乱される次第であった。
 どんな漢字を当てるのか知らないが、「ぶゆうリレー」というのが観客の父ちゃんばあちゃんたちをいちばん燃え上がらせた種目でなかったか。それが廃止されていると聞く。先生たち、何考えてるんだとぶつくさいいながらも、日本の素晴らしい運動会を進化発展させてくれる先生たちに感謝です。


コラム駅前広場 9月28日

 美空ひばりがあわててタクシーに乗った。財布を忘れたのに気づく。運転手に自分が美空ひばりであることをわかってもらうために「リンゴ追分」を歌った。運転手が本物の美空ひばりと認めたのは当たり前、さらにタクシー代をタダにしてもらったそうである。多額のお釣りが来てもおかしくない場面だ。一流の書家が白い紙に書を書く。するとタダ同然の紙が大変な価値があるものに変じる。芸術とか技芸とか摩訶不思議だ。絵も歌も書も下手だからその快感に浴することはできない。だが想像することはできる。唯一作文だけは十分なレベルに達していると自分で評価していて、文字を連ねて文章を紡ぐ。すると価値が生じる。もちろん自分自身にとってだが。わずか一人でもほめてくれたら気持ちが実に豊かになる。文章の技術をさらに究め、見聞を広めれば文章の価値はさらに高まる。
 図書館には様々な役割がある。様々な本をそろえ、読む場所を提供し、さらに貸し出すことによって人々が本に接し親しむ機会を提供すること、もう一つの役割の柱はかつてレファレンスサービスだった。インターネットの発達で多分今では利用者は激減しているのではないか。その分、今の図書館はどん欲に新たなサービスを開拓している。絵本の読み聞かせや映画や音楽の鑑賞の場を提供したり、本を中心にして文化スペースをつくってくれている。で、今回はエッセイ教室であった。篠栗図書館の名物講座に発展して定着すればいいと思う。篠栗の良さを探り当て発見しそれを記録として文章化する。そんな文章家集団ができればすてきだ。


コラム駅前広場 9月21日

 篠栗町長杯と名のつくスポーツ大会はいくつくらいあるのだろうか。インターネットで調べてみたが、一覧できるページを探すことができなかった。問いを変えてみる。町長杯を催すことにどのような意義があるのだろうか。あるいはどういう目的のために町長杯が企画されたのだろうか。手弁当で大会を支える多くの人たちがいる。出場チームは参加費を負担する。だから大した額ではなかろうが、それでも町の予算が使われている。町費を使って催す町長杯の意義とは何か。
 なにより町のスポーツ振興だろう。町長杯の栄冠をめざし日々精進する。スポーツに親しんだり励んだりするきっかけになる。町長という町政トップの存在を意識できる場、あるいは親しく接することができる場、としての意義も町長杯大会にはある。政治という営みが日常生活の遠景にある今、とりわけ子どもたちが町長の存在を感じる機会は貴重だ。町長杯を観戦して意外だったのは町外からの参加チームが多いことだ。篠栗町の知名度向上に大きな効果があることになる。大規模になれば観光立町篠栗を支える大きな受け皿にもなる。大会運営力・企画力を追求して篠栗町長杯は全種目スケールの大きさでぬきんでた大会になればいい。
 甲子園大会は人気の高さはじめ化け物のような威力を持っている。これほどの規模の大会なのに会場は1カ所のみだ。だからこそ甲子園大会なのだが。となれば専用の少年野球場とかソフトボール専用球場を持てば、西の甲子園となり選手はじめ関係者が長期滞在して、スポーツ平和の祭典が篠栗町のあちこちでとなれば。


コラム駅前広場 9月14日

 篠栗広報9月号に、林業を主要テーマとする篠栗町単独の集いである「篠栗町林業振興大会」の開催を知らせる記事があった。画期的なことのように思える。林業を核として町の産業構造を再構築するというのはこれからの一大潮流となるはずだからだ。町の持つ人材や資源や伝統を束ねて大きな一歩を踏み出す起爆剤になるかもしれない。日本の自治体のほとんどは豊富な森林資源を有している。そんな多くの自治体の先達に篠栗町がなればすばらしい。
 石油や天然ガスが円安などのいくつかの理由が重なって高騰している。原発稼働停止の中で火力発電に重心が移り石油などの化石燃料の使用量が増えている。製造業が頑張って外貨を稼いでも燃料輸入代に消えていく。食料とエネルギーという「人間が生きていく上でなくてはならぬもの」を日本は外国にたよっている。
 木は太陽の恵みを受けて、エネルギーを休むことなく蓄積していく。木くずをペレット状にして火力発電に使うのが注目を浴びだした。エネルギーの多くを輸入して成り立っている日本の産業や日本人の生活を改善するための助っ人に森林はなりうるのだろうか。壮大ともいえる実験と挑戦に篠栗町が名乗りを上げるのは素晴らしいことだ。その際に壁となるのはなんだろうか。森林にまったく関心も興味も持たない人たちで町が成り立っているということに尽きる。その克服なしに林業振興はあり得ないのだ。9月28日森林セラピー記念事業が開催される。篠栗に住む人たちが参加して森林に親しみつつ健康になり林業振興へのエネルギーを蓄える一石数鳥…


コラム駅前広場 9月7日

東区の名島の海岸側に城浜団地という大型団地がある。40年ほど前に開発された。高度経済成長まっただ中に誕生したその団地は5階建ての賃貸住宅が延々と連なり威容を誇った。建築されたばかりの真新しい真っ白な建物がまぶしかった。新婚の先輩夫婦がそこに入居が決まった。引っ越しの手伝いにいって、自分にもこんな幸せがいつか来るのだろうかとうらやましさとかあこがれを感じたことを鮮明に覚えている。
 成年女子ソフトボールにリフレッシュリーグというのがあるのを知った。糟屋郡と福岡市東区に所在の6チームで構成されたリーグである。町からは「篠栗ファイターズ」が加盟している。で、そのリーグ加盟チーム中に城浜ウィングスというチーム名があって懐かしく40年前のことを思い出した次第だ。
 加盟チームが広域に点在するとリーグ運営は困難をきわめるのであろう。一方でリーグの隆盛は、町や市を越えてスポーツを通じた友好と交流の輪を広げるという実ももたらす。私もこのリーグがきっかけで青春まっただ中の甘酸っぱい思い出に浸ることができた。リーグが質量ともにさらに発展すれば、次のステップへの大きな足がかりとなる。成年女子ソフトボール糟屋郡リーグができたりして、糟屋郡の一体感を高めて、一時期盛り上がった町村合併の本当の意味の絆のよりどころとなっていったりするかもしれない。リーグ運営の困難さに助太刀は全くできないが、せめてこのミニコミでリーグの熱戦を伝えることでエールを送りたいと思う。篠栗町を中心にスポーツが世代を超え種目を越え発展するように。


コラム駅前広場 8月31日

 スポーツはドラマに満ちている。歓喜の頂点に立ったり、悔しさに涙がとまらなかったり、友情あり克己心あり、ライバル心あり向上心あり。もちろん人事全般、すべからく人間ドラマがあるわけだが、スポーツの場面が最高にドラマチックなようだ。
 篠栗中学ソフトボール部の活躍に足かけ2年間、保護者の花牟禮さんの紹介があってつきあわさせてもらった。スポーツドラマを楽しむ前に、女子中学生たちに頭が下がる思いが様々な場面でした。篠栗中学校は中体連のほとんどの競技種目のクラブ活動を持っている。だから10を越えるクラブのメンバーが自ら精進し互いに切磋琢磨しチーム力を高め試合に臨み他校の生徒と覇を競うわけだ。劇的な場面に町民は簡単に参加できる。全日本クラスの選手の誕生という将来の夢も持つこともできる。
 「子どもの権利条約」というのがある。①生きる権利、②守られる権利、③育つ権利、④参加する権利の4つの柱からなっている。条約を批准して国内法を整備したりすることも大事なことではあるが、ちょっと時間を作って中学生たちの試合を観戦するだけで、子どもたちの権利について考えさせてくれる素材が転がっている。子どもの権利の究極は参加する権利であろう。だが子どもを大人の付属物としか見ない姿勢から抜け出ることができなければ絵に描いた餅である。試合観戦すれば中学生たちに敬意を念を抱くことになる。そこで初めて参加の権利が絵空事でないことに気づく。紛争国で命をも奪われている子どもたちの守られる権利さえない不幸に思いをいたすこともまたできる。


コラム駅前広場 8月24日

 50年前の東京オリンピックで神永をけさ固めで押さえ込み柔道の頂点に立ったヘーシンクには柔道に関し一つの欠点があった。西洋人特有の首の長さゆえ柔道着が似合わなかったことだ。日本選手権11連勝の山下はじめ内股の井上康生にしろ、平成の三四郎こと古賀稔彦にしろ、柔道着が似合って気品漂う柔道家であった。日本人が着る剣道着もまた同様だ。剣道着に身をかため背筋を伸ばして道を究めようとする剣士を見ると、男が男にほれる状態となる。
 というわけで17日の50周年記念体育館は壮観であった。なにしろ篠栗町の全ての階層の剣士たちが一堂に会しているという現場だ。陸上競技のリレーも手に汗握る興奮とおもしろさがあるが、これだけの人数の篠栗町代表の剣士たちが隣町の粕屋町の代表剣士団と一斉に打ちあって勝負を決めるという白兵戦みたいな団体戦もまた壮絶で見応えがあるだろうと勝手な白昼夢を見た。
 一方でこうも考える。これだけ多くの人が、本来人を斬りつけ殺傷におよぶ剣という武器を使って、逆に精神修養とか相手を思いやる心を育てるために練習に励む。恵まれた豊かな時代に現代日本人はいる。自らを律して鼓舞して、礼に始まって礼に終わる修養をしている人がこんなに多い日本なのに、なぜ道徳教育の強化が必要などと言い出す政治家がいるのだろうか。はたまた自爆テロという自暴自棄の戦術を使う人たちがいまだにいることに恐怖と侮蔑を持ちがちだが、70年ほど前の貧乏だった日本人は特攻という作戦を作り出してしまったことをこの豊かさから考えてみたいと思う。


コラム駅前広場 8月17日

人口が膨張する時代、福岡都市圏では次々に大型住宅団地が開発された。広大な団地も旺盛な消費意欲にあふれていた3,40代の夫婦が購入して埋まっていった。若々しく活気に満ちた町があちこちに誕生することとなる。日本の勢いとか未来とかを信じることができた時代だった。だが人は年をとる。よわいを重ねてやがて老人となる。人だけではない。器である町も老け込んでいく。子どもたちの喚声がこだました通りから人の気配が消える。落ち着いた静けさではなく下り坂の静寂である。「とても組長の責任を果たせません」、自治とか助け合いの大事さはわかるけどと断る世帯も出てくる▼とまあ、そんな住宅団地に住んでいる身には、上の写真に写る組長さんたちの姿はまぶしい世界である▼関東の方に、入居募集を一時期に集中するのではなく、時間をかけて町の住人を増やしていくという住宅団地があるそうだ。年齢構成は偏らず、各世代がまんべんなそろっている。理想的な生活空間になっているという。金儲けに走るのではなく、不動産業者の本当の仕事、そこに住む人に充実した生活、生き甲斐のある人生を提供することを第一義に考えた経営のしからしむ所なのだろう。不動産業者というのは、こういう高邁な志のもとに仕事ができる業種でもあるのかとうらやましかった。いや、よくよく考えてみれば、これこそが自治体が目指すべき、取り入れるべき政策ではないのか。つまり役場職員というのは町のあり方を描き、その実現に向けた政策資源を縦横に使ってやり甲斐があって、かつ住む人から感謝される存在なのだった。


コラム駅前広場 8月10日

 ぼちぼち耳にすることができるツクツクボウシの鳴き声は、晩夏から秋への序章といった意味合いもあって風情がある。大人にはそういうことだ。だが小学生の頃、あの独特の鳴き声を聞くと気持ちが沈んだ。夏休みの宿題が山ほど残っていたからだ。時間管理のノウハウを書いた本を読んでいると、その著者も夏休みの宿題がもたらす暗黒世界を体験していた。書籍を著すほどの能力ある人でもついつい宿題を積み残して遊びほうけていたわけだ。
 毎日こつこつとその日すべきことをこなしていく能力というのは、解放感あふれる日々を過ごすために必須のことである。少なくない子どもたちは夏休みの残り日数と宿題の残り具合を比べて暗澹たる思いになるわけだが、考えてみれば、そうだからこそ、夏休みの宿題というのは、日々確実にするべきことを為し遂げていくという能力を鍛える絶好の機会である。先生たちはただ単に宿題を与えるだけでなく、新学期を宿題を完全制覇してすがすがしい思いで迎えるにはどのようにすればいいのか手取り足取りで教えてほしいと思う。自らを律する力も付けることになる。そんな子どもたちが大人になって次代を担えば、本当に素晴らしい日本になるだろう。
 篠栗町のあちこちで繰り広げられる行事や祭礼や催しごとを写真に納めてこのミニコミに提供し続けてくれる横山さんの「サマーチャレンジ」の写真に映る輝くような子どもたちの笑顔を見て、そんなことを思った。子どもたちの真の成長を支える教育というのは、学校という場にとどまらず地域と連携してこそ初めて花開くのか。


コラム駅前広場 8月3日

 行きつけの居酒屋で「えっ、なんで蚊取り線香とかつけとうと」と意外な香りに驚いて質問した。居酒屋に蚊取り線香は似合わない。女将は困った顔をする。香を焚いてオモテナシという段取りなのに無粋な客が素っ頓狂なことを口にするというわけだった。恥ずかしかった。
 いにしえの人はなぜ香をたしなんだのか。十二単なんかを着ているとそうそう洗濯はできない、汗とか体臭でくさくなる、その匂いを消すために香を衣装にくゆらせた、という説明が妙に生々しくなまめかしく印象に残り腑に落ちた。で、そのことから勝手に連想してしまったのが、死者を弔うとき線香をあげるのは死臭を消すためだろうであった。本当のところはどうなのか、今はインターネットという便利な利器があるから簡単に調べられる。
 しかし先祖や仏様を敬う作法は諸説入り乱れて、宗派によっても違ったりして迷宮入りとなる。伊勢神宮にお参りした折り、早朝だったからか、一人で拝殿の前に立って、左右から衛視みたいな人に監視されて拝むこととなった。特別な作法があると案内板に説明がある。緊張しまくって生きた心地がしなかった。なぜこうなってしまうのか。これぞ正真正銘の紛う方ない作法だと揺るぎない自信を持ってお参りができればすがすがしく神様や仏様たちに正対できるのに。
 上は、南蔵院の線香立てを前景の寺子屋参加者の記念写真で、撮影者会心の作のようである。篠栗八十八カ所をめぐる内に、仏様への作法の全てが、ばっちりと身につくような仕掛けがあれば、遍路の旅はさらに価値あるものになるのではないか。


コラム駅前広場 7月27日

 太田さんという女性大阪知事が表彰状を授与するために土俵に上がるのを申し入れたのに対しかたくなに拒んだ日本相撲協会であった。太祖宮の子供相撲大会ではこのミニコミでも写真報告してきたとおり女の子が土俵に上がって久しい。地域を司る神様たちはおおらかである。
 日本人等しく期待しているであろう遠藤は千秋楽に勝ち越しをかける。外国人力士が席巻する大相撲は、国際化した証左であろうがやはり淋しい。白鵬みたいに海の向こうから渡ってきた力士と日本人力士が千秋楽に常に優勝をかけて雌雄を決するということになれば相撲人気は栃若、柏鵬、北玉、輪湖、曙貴時代をしのぐ文字通り空前絶後のさわぎになるのではないか。女性力士も入り交じっての大盛況ということはやっぱり考えにくいが。
 大相撲の意匠というのはなかなか興趣尽きないとのことである。力士は御存知、大銀杏である。江戸時代あたりか。行事はいささか時代をさかのぼる。貴族から武士の時代にかけての意匠である。呼び出しも江戸時代か。部屋の名前は時津風とか二所の関とか、古い時代の和歌に出てくる言葉という。
 老松神社、太祖宮、諏訪神社と子供相撲大会は運営する縁の下の力持ちの大人たちの力でにぎやかに力強く開催がつづく。写真の通り応援する人もたくさん集まってにぎやかである。老松神社場所、太祖宮場所、諏訪神社場所とか銘打って、通算記録で篠栗の少年横綱を決める。自治区ごとに由緒ある部屋の名前を命名したり、篠栗にふさわしい相撲グッズや衣装を編み出して、篠栗土産や端午の節句のアイテムにしたり。

 


コラム駅前広場 7月20日

 自動車が水たまりを走ると水しぶきが飛ぶ。仏映画の傑作「男と女」のワンシーンに、雨の中を走る主人公の自動車が山笠の勢い水みたいに盛大に横を走る自転車乗りに水しぶきをぶっかけるというのがある。「釣り人には水をぶっかけてもいいのだ」と主人公は恋人にうそぶく。家族を顧みず趣味に打ち込んでいる酔狂な人に遠慮することはないというわけだろう。
 自動車の運転をすると人格が変わるという。歩行者に悪態をつく。「とろとろ歩きやがって」みたいな。水たまりの水をはねて歩行者にぶっかけても謝るどころか歩いている方が悪いとばかりに通り過ぎていく。よくよく考えてみればひどい話だ。打ち水をしていて通行人にかかれば平謝りに謝る。だが自動車の場合、それ以上にひどいことをしているのに悠然と去っていく。
 自動車という文明の利器がもたらした利便性や快適さはどんなに賞賛してもしたりないくらいだ。高齢者や障害者を自在に運ぶことができるという点で福祉の向上にも寄与した。しかし一方で交通事故などの負の面も無視できないほどになっている。道は自動車の占有物だみたいに我が物顔で走るのも自動車がもたらす悪である。
 道は本来人が歩くためにある。そのことを絵に描いたように思い起こさせてくれるのが上の写真だ。イタリアには町の要所に「広場」というのがあって、そこは政治の場(直接民主制)であり公民館としての役割もあり、町の象徴でもあるのだそうだ。多分日本の道は、広場に近い働きを持っていたのではなかろうか。毎日祭というわけにはいかないが工夫はないものか。


コラム駅前広場 7月13日

  篠栗米ブランド

 「実際に飲み比べてもウィスキーとブランデーの違いがわからない」というと、たいていの酒飲みは驚愕する。アサヒドライとえびすビールを目隠しして飲んで、言い当てるくらい朝飯前だと自信を持っている人が多いから当然の反応であろう。同じビールでも銘柄の違いがわかるのに冗談いうなというわけだ。だけど酒飲み連中で鹿児島旅行に行き、そこで出されたとっくり入りのアルコール飲料を日本酒か焼酎か自信を持って言い切る人はいなかったという事実もある。
 実は業界では公然の秘密だが、新種のビールを開発するのにあまりに金を食うというので、ある時から日本のビール会社は共同で開発するようになった、つまり会社によって味は違わないのである。ビールの製造会社はなぜ巨大な規模なのかといえば、膨大な資金が必要だからである。背に腹は替えられぬ、共同開発しか生き残る道はないとの決断に及んだ。味は一緒だけど容器だけでも違いを見せようとデザインに力を注ぐことになる。切れがあってもコクがあるを表現するにはどんなデザインがいいか心血を注いであの銀色の缶ビール容器ができた。デザインにはそんなに費用はかからないから社運をかけた次第である。
 とここまでの文章には、すでにお気づきのようにエイプリルフール的嘘がいくつか混じっている。
 ところで有機農法による米や野菜は本当においしいのだろうか。科学的分析をしても違いはわからないと勝ち誇ったようにいう人がいる。しかしこれは絶対に違うのですね。篠栗合鴨米がブランド米として確立することをこいねがっています。


コラム駅前広場 7月6日

  隠れた日本の宝

 ニック・バーリーという名をご存じだろうか。東京オリンピック招致がなぜ成功したのか。この人の力が全てみたいにいわれている。ロンドン、リオに続き招致合戦に連戦連勝の知将である。しかし一番腑に落ちる理由は次の話だ。日本の良さを「落とした金が返ってくる、東京では年間○○億円が返ってくる」と紹介したのが決め手になった、である。
 日本人自身がこの話を聞くと一瞬なんのことか分からない。財布を落としたり鞄を電車に忘れても、拾った人が警察や駅に届けてくれることは少なくない。もちろん猫ばばってこともあるが戻ってくるのを十分に期待できるのは、日本では当たり前の感覚、しかし世界では驚天動地なのだろう。治安がいいだけではなく、そんなに安全・信頼の町なのか、と外国の人はびっくり仰天したらしい。資本主義の悪い面、どん欲さが目に余る時代に一服の清涼剤として世界の人の目に映ったのだろう。ぜひ東京でオリンピックをという気持ちになったのはよくわかる。
 控えめな日本人は、自分を卑下しがちである。だが日本人には、あるいは日本社会には世界の人が目を見張るような美質が備わっている。長年培ってきた道徳心がある。しっかりと自覚することが大事だとつくづく思う。そこから国際社会での日本の役割もみえてくるだろう。
 勝者の笑顔はいつも魅力的だ。消防操法大会での優勝チームの笑顔のすばらしさは唯それだけではないのだろう。世界一のボランティア団体といわれている消防団の伝統が一人ひとりの団員に根付いているがゆえの輝く笑顔か。消防団もまた日本の誇りだ。


コラム駅前広場 6月29日

◇ 贈り物の底力

 日本の中学校の先生たちの忙しさが国際比較で突出していることが明らかになったそうだ。教え子のためになる仕事ならいい。モンスターペアレンツ対応など教育現場を荒廃させる動きの中で無駄骨を折っているのではないかと同情し憤りを覚える。
 忙しさは先生たちに限らないようだ。明治時代初頭、外国から来た人たちが笑いの絶えない遊び心豊かな日本人に感嘆したという。いつの間にかあくせくと働く国民になってしまった。週休二日制の普及など、勤務時間短縮は大きな時代の流れだったはずなのだが。
 NHKで四国八十八カ所に若者が増えた、心を病む若者に巡礼は効果があるみたいな番組をやっていた。なぜ効き目があるのかを学者先生が七面倒くさく説明していた。八十八カ所巡りが心身の健康に効能があるのは、いろいろいわずとも歩いてみれば納得できることだ。身近にかっこうの遍路道がありながら活用できないのは、ひとえに現代人の忙しさに理由がありそうだ。
 西日本新聞朝刊に連載中のナガオカケンメイ氏のエッセイ、その深い洞察に唸ることが多い。〈プレゼントは、実は人生を変えてしまう力がある〉と書き、〈贈る相手に「こうなってくれたらいいな」という、そのちょっと先に小石を落とすくらいの、ほんのりと意味のあるプレゼントでありたい〉とつづける。相手の人生を豊かなものに導く可能性さえプレゼントは持っているとかれはいうのである。遍路道は、先人たちが篠栗の住人たちに健康であってほしい、仏心を備えてほしい、仲良く楽しく豊かな人生を願って贈ってくれたのかもしれない。

コラム駅前広場 6月22日

◇ 有識者会議と賢人会議

「有識者会議」という名の会議がある。有識者とは“学があって見識が高い人”だ。もっとすごいのに「賢人会議」と名乗るのがある。控えめなところが日本人の徳なのに、これはなんとしたことかと嘆いている人も少なくあるまい。自らに有識者とか賢人とかレッテルを貼って得々となること自体が、見識もなければ賢くもないと、そういう会議に縁がない我々は思う▼人をおだてる最高の方法は、講師を依頼することである。あるいは会議によぶときに「助言者として出席してもらえませんか」と頼むことである。これは説明するまでもないことで、頼まれた立場を想像すればよく分かっていただけよう。あなたは人を教え諭す能力・経験の持ち主だ、アドバイスできる人だと事実をもって告げられるわけだからである。つまり賢人会議とか有識者会議というのは主催者側の思惑から生じた名前ということになる。賢人といわれれば、その組織のために一肌脱ごうという気になるし、安い謝金でも我慢しようし、担当者に好感を持ってくれよう。催す側にはいいことずくめなのだ▼篠栗町社会教育当関係等研修会の講師は、実に有意義でわかりやすい講演をしてくれたそうだ。複数の受講者が絶賛しているから間違いないだろう。そこには主催者の妙な思惑や色気は全くなく、ただただ「意義深い講演会として成功させたい、受講してくれた人に有益な情報やノウハウを」との思いで講師選びをしたことの結果であろう。講師も見事にその思いに応えてくれた幸せな空間だったようだ。講師は一生に一度だけはする価値があるのか。

コラム駅前広場 6月8日

◇ 地域文化

  篠栗陶芸クラブの藤喜三次会長からていねいな礼状が届いた。同クラブ関係の記事をミニコミに載せたことへの感謝の言葉だった。篠栗町内のあちこちで文化の香を息づかせている人たちの苦労や歓びを伝えることの、大げさにいえば使命みたいなものを改めて感じることとなった。
 新聞は、文化やスポーツなどの動きを日々伝える。かつては新聞が扱うに値する水準のスポーツや文化は、町レベルにはなく、東京を中心としたところにしかなかった。そんな時代が長く続いたから新聞は地域の動きを無視してきた。しかし現実には地域でたくましく高い水準の営みが確実に育っている。だが無視することが習い性になった新聞の反応は鈍い。新聞記者にはエリート意識があって地方のスポーツ文化ごときが取材の対象になるはずがない、我々がわざわざ出向くほどのことはないとかたくなに思いこんでいる節がある。
 今、日本という国が抱えているすべてのやっかいごとは、人々が日々暮らしている地域から、一人ひとりが参加して自主的に自立的に立ち向かっていかなければ解決できないだろう。そのときに地域のあちこちに高い水準のスポーツ・文化があることの意義は、多分とてつもなく大きいのだと思う。引きこもりとかスマホ依存とかいじめとかが子どもたちのすべてであるかのように新聞は報じる。写真に写る篠栗中学ソフトボール部員のいきいきとした表情を見ればわかるように、次代を担う若者は、近頃の若者はとしたり顔でいう大人を遙かに凌いでいるのだ。というわけで今後も精力的に彼らの動きをお伝えします。

コラム駅前広場 6月1日

◇ 森林セラピーの楽しみ方

  西日本新聞朝刊コラム「春秋」は25日、映画「WOOD JOB!~神去なあなあ日常~」(原作・三浦しをん、監督・矢口史靖)を取り上げていた。引用が長くなり恐縮だが〈曾祖父の代から丹誠込めた「百年杉」が高値で売れた後に、山林王が語る「一生懸命育てた結果が出るのは自分が死んだ後」の言葉。世代をまたぐ林業仕事のスケールの大きさとやりがいが凝縮する〉と森林に生きる人たちを畏敬する文章をつづっていた。
 写真に写るすてきな女性たちは、健脚と美貌を生かして、あちこちの登山イベントに参加して人の目を惹きつつ自らも楽しんでいるグループという。背景の夫婦杉にまけてはいない。
 このコラムの題材選びに窮していると、篠栗新聞の取材・写真撮影に八面六臂中の横山さんから「世代をつなぐと意識して被写体にレンズを向けている」との助言を受け選んだのが森林セラピーである。林業とはまか不思議な仕事だ。現代人の携わる仕事の多くは働けばすぐに結果が出る。林業で成果を出すには世代をまたぐことさえある。次の世代に引き継ぐことが必要なのである。森林はまた山の民と海の民をつなぐ。時空をつなぐ役割を果たすのが森林だ。だから森林セラピー.や篠栗八十八カ所というのは、林業と補完しあうことによって大きな可能性を秘めているのだろう。
 登山を楽しむ年代の主流は高齢者となった。篠栗町も例外ではなかろう。誰も彼もが山好きになるというのも気色悪い。だが現状は少々いびつだ。先頭ランナーになれる条件を持つ篠栗町の責務と使命は重い。とこのコラムも重くなった。

コラム駅前広場 5月25日

◇ 大人と子ども

 庭掃除をしていた連れ合いが「ギャッ」と悲鳴を上げた。丸々と太ったムカデに遭遇したのだ。渾身の力を込め棒きれでムカデを押さえつけつつ「お湯を沸かして」と叫ぶ。熱湯で息の根を止めようという魂胆なのだった。断るまでもなく女が非情な生き物だといいたいわけではなく、ただそんな事実があったというだけのことだ。きらわれる動物は一般に蛇は別格としてもナメクジ、ゴキブリ、ムカデといったところか。刺されるとかゆくてたまらぬ蚊は、蚊帳とか蚊遣火とかの風情を人間社会にもたらしてどこか親しみがある。蓼食う虫も好きずきだから自分の基準に基づいて書きまくるのは音が出る。ここら辺にしておこう▼その嫌われ者のムカデに嬉々として人間がなるのがムカデ競争である。ムカデ競争は奥が深い。先頭を誰にするかにはじまって作戦を練らねばならない。もっとも肝心なことは快調に走っても勢いに乗らないことだ。勢いに任せると異次元のスピードとなり足並みは乱れあえなく転んでしまう▼写真に写るチームなんかは、なかなかいい線いっているのではないでしょうか。どこが?と詰問されれば、もごもごと口を濁すしかないのですが、ま、先頭は、今大活躍中の篠栗中ソフトボール部のスラッガーの誉れ高い山口さんだし‥とわけの分からないことをいうしかありません。立場が悪くなるとですます調にかえるところが日和見と批判されそうです▼そんなこんなでムカデ競争からみえてくる篠栗町まちづくりのあり方はいかに、などと深遠なる哲学の開陳の企てはあるにはあったが軽い文のまま閉じる。

コラム駅前広場 5月18日

◇ 大人と子ども

  団塊世代が小学生だった時分、子ども会活動は活発ではなかったようだ。貧乏な時代で親たちは子どもにかまっている暇などなかったのだろう。子ども会の行事が全くなかったわけではない。子どもミコシや獅子舞での世話役のおいさんたちの顔がおぼろげに浮かぶ。こんなこともあった。舞台は篠栗駅前の冨士屋という遍路宿、そこで食べたカシワ飯のおにぎりのおいしさが忘れられない。冨士屋の小六の先輩が子ども会の会長(名称は定かではないが)をしていて、下町区のガキたちが大挙して押し掛け大盤振る舞いをしてもらったという顛末ではなかったか。こんなことが月に1回でもあればなぁと切に願った。母親の実家のあった城戸ではちょっと雰囲気が違っていた。数限りなく楽しい思い出がある中で、おこもりという表現だったか、お堂に子どもたちが集まって夜を徹するというのがあった。私は途中で帰されたようだが、ワクワクするような体験だった。サトシちゃんとかミツノリちゃんとか今でも名が出てくるくらい城戸は第二のふるさとだ。今の子どもたちにない楽しみといえば下町区総出の貸し切りバスを仕立てての長垂海水浴場行きである。長垂の近くで育った女性と今、夫婦でいることもあってひと味違った思い出となった。
 新町区球技大会の写真に触れ、今の子どもたちは恵まれていると思う。世代を越えて対等に遊ぶ姿がまぶしい。子ども心に一番嬉しいのは、一人前に扱ってもらったときである。十数年後、彼らも子の親となる。楽しかった思い出を大切に胸にしまって地域の行事に、将来汗を流してほしい。

コラム駅前広場 5月11日

◇ 惜別 

  退任と噂では聞いていたが、広報ささぐりで正式に知らされると改めて寂しさが募った。郡嶋教育長は7年5ヶ月の任期を終えて後進に道を譲る。取材などで顔を合わせると非常に親しみ深い笑顔でていねいにあいさつをしてもらった。一新聞販売店の身で地域ミニコミ誌を作って一方的に、時に土足で踏み込むような非礼な取材をしたかもしれぬ。いつも暖かく迎え入れてくれ、感謝と哀惜の念がわく。
 毎月第一月曜日は延命寺の月参りである。天候にも恵まれ総勢15人の参加を得てにぎわいのある遍路となった。ここにもぶれずたゆまぬ努力で地域の発展とかけがえのない伝統を守る人がいる。篠栗四国霊場の歩き遍路の名品に発展することを祈念しよう。
 今回は南蔵院の背後の竹林と杉林を巡るコースだったようだ。南蔵院から坂道を登る88番札所への道は、竹がうっそうと茂っていたのだが今では適度に刈り込まれて清々しいコースとなった。ついつい欲がわく。整備し魂を吹き込めば本四国も瞠目するような超一級の遍路道が誕生する可能性を秘めているからだ。
 広報ささぐりはますます水準を高めているようだ。格下のミニコミ編集部が上から目線で論評するのは控えねばならぬがあえて、「篠栗町民は恵まれている」といいたい。福岡県内には広報誌コンテスト表彰の常連自治体がいくつかある。割付や写真は確かに立派だ。だが私は、技術に走って住民目線を失っているのではないかと難癖をつけている。広報ささぐりは住民が知りたいことが精力的に取材されていて表彰を受けるならこっちの方だとつい力みこむ。
 

コラム駅前広場 5月4日

◇ 重鎮の存在感

 今の時季の三郡縦走路は色彩豊かな世界となる。ブナをはじめとする落葉広葉樹の鮮烈な緑と常緑樹の生命力あふれる赤みがかった新緑、樹上を覆う輝くような白い花、あけぼのツツジの赤紫の花、わずかとはいえ花の女王シャクナゲの淡い赤色の花もあり色彩の一大供宴に、いすテーブルをしつらえて砂糖たっぷりのコーヒーなんか飲むと、この世で最高の幸せ者になれる。シャッターを押しまくれば素敵な写真が次々に生まれる。自然の美しさに脱帽するわけだが、しかし登山路にとっての最高の点景は人の姿である。第一自然そのものと思いがちだが登山路は人の手が入った人工物なのだ。獣道にはないぬくもりがある。
 人の歴史とともにある道は、人が歩く道だった。道に自動車が走るのは長い人間の歴史の中のほんの一コマにすぎない。道は歩く人がいて輝きを増す。京都の哲学の道だって人が歩いてなんぼだ。
 勢門小学校周辺は、旧勢門村の中心の地だったのだろう。だが河野病院から老松神社、勢門小と風情のある町並みを昼間歩いても、ひとけがなく寒々しい気持ちに襲われる。
 29日、老松神社の式年遷宮、20年に一度の祭典を営むことの大変さ、日本特有の雨の心配と、鳩首会議を持つこと再々だったろうが、全体を取り仕切った古屋修助総代会長という信念一徹の人を得てすべて丸く修まり、天は奇特な人たちを見放さず、老松神社絵巻が参道他にあふれることとなった。めでたしめでたしである。子どもは存在そのものが色彩に満ち生命力にあふれる。さらに原色の衣装が平和を演出して道は輝きを増したのだった。

 
 

コラム駅前広場 4月27日

◇ 泥棒抑止から地域の絆

 テレビドラマのワンシーンに「知らない人を信用したらダメなんでしょ」と子どもがいい、大人が「いい心がけだ」とほめるというやりとりがあった。さびしい話である。子どもというのは大人たちの愛情につつまれてこそ世の中をきちんと支える大人に育つ。〈人を見たら泥棒と思え〉も大事だが〈渡る世間に鬼はなし〉の地域社会にできたらいい。
 西日本新聞に連載の「熟年世代のあんしん塾」に、「空き巣ねらい」対策が書いてあった。発生が多発するのは深夜よりも昼間が多くなり、具体的には午前十時~正午と午後二時~四時だという。住宅団地を昼間通るとゴーストタウンかと思うほど人気がなく静まりかえっている。心おきなく泥棒作業ができそうで、空き巣ねらいの時間帯の変化を納得する。
 昼間の空き巣撃退は、道を人が歩くことだ。そしてあいさつを交わす。さらに井戸端会議現代版を編み出す。親しげなあいさつや楽しげな会話があふれるところに泥棒は近寄らない。
 で、みまもり隊はじめリタイア組を中軸に地域全体を親しい交流空間に仕立て上げれば犯罪抑止力は満点で安心安全の町づくりになる。加え幸福感あふれる町並みになる。子どもたちは大人たちの愛情を直に受け止めて、彼らもまた愛情豊かな地域を愛する住人に育つだろう。さらに独居老人の異変に気づいたり育児に不安の若い母親に助言を与えたり、潤い乏しいところに花を植えたり地域の絆は太くたくましく揺るぎないものになる。高齢者が増えるのを嘆くよりヒーローになってもらおう。みまもり隊の活躍華々しい今、チャンスではないか。

 

 

 
 

コラム駅前広場 4月20日

◇ 教育者の存在

 18日朝刊トップ記事は、武雄市が小学校運営を民間塾と共同してあたるという記事だった。〈問題解決力を鍛える教育への転換を目指す〉という。樋渡市長は、その名を高めた市立図書館への民の導入に続き話題の人となりそうだ。物心ついている人なら教育には一家言を持っているそうだ。みなさんはどう受け止められただろうか。
 私はうまくいかんだろうと思っている。教育の成否は教育する人の質とか水準にかかっているからである。いくら優れた方法やカリキュラム(教育課程)を打ち出したところで、それを忠実に体現して教えることのできる教育者がいなければ絵に描いた餅となる。理想の教育をしたいといってもまずはそのことを教える能力を持つ教育者を育てなければならない。さらにその教えることができる教育者を教育できる先達が必要となる。お釈迦様が悟りを開き弟子に伝えその弟子がさらにその弟子に伝え長い年月を経ながら仏教が発展したように教育もまた果てしのない営みなのだ。即効薬はない。公教育が到達したこと、未だ道半ばであることといった教育の根本に切り込み、先生たちの忙しさ、子どもの格差貧困問題などに光を当て教育の改善方向を導き出す。その方向に向かって教育者を倦まずたゆまず育ててこそ教育の改善はあるのだと思う。
 あすなろ保育幼児園の遊具導入式典を取材したエリアセンター前所長が仲野園長の心意気にいたく感銘を受けたらしい。篠栗町で現に教育に情熱を燃やし実践している教育者は他にも多いのだろう。支え励ましともに汗をかくことが町民に問われている。

 

 

 
 

コラム駅前広場 4月13日

◇ 郷土の歴史の存在感

 篠栗宿の記事(9日朝刊)に和田茂継さんと郡島万知子さんが大きく載った。町にはそれぞれに歴史があるわけだ。九州は歴史の舞台として、最先端の文化が花開いたり、国際商業の一大拠点だったり、外敵を迎え撃つ最前線だったりと、究めれば興趣尽きない人間ドラマが各地に潜んでいるはずなのだが、日本史の中では傍流に置かれがちである。郷土の歴史家が情熱と献身で、今では想像もつかないいにしえの姿を掘り起こしてくれてはじめて、我が町の歴史に光が当たる。
 明治の大合併前には約7万の村が日本にあった。昭和、平成と合併を重ね市町村の数は激減し、二千を切った。平行して脱亜入欧とかアメリカンドリームとか、日本の残すべき伝統は、因習として切り捨てられていった。だが人が住み続けてきた以上、そこにはかけがえのない伝統や文化や人間の絆が息づいているはずだ。
 おもてなしという言葉がいやにもてはやされている。篠栗ではお接待という。伝えられてきたことを大切に守り、さらに新しく生まれてきた町の良さと融合させ、地域の価値を高める。今そのことが問われているのではなかろうか。クラリネットとかサキソフォンとか私たちが若いころは別世界のものだったものが、一堂に会して篠栗町吹奏楽団定期演奏会が開かれゴージャスな舞台を見ることができた。要は篠栗町に綿々と受け継がれてきたもの、新たに創造されたもののそれぞれの価値を正確に評価し、それぞれの良さや機能が二倍に三倍になるように組み合わせて調整しつつ高めていくことだろう。ミニコミはつなぎ役になりたいと思う。

 

 
 
下町1組お接待
下町1組お接待

コラム駅前広場 4月6日

◇ 花に嵐のたとえもあるぞ

  〈花に嵐のたとえもあるぞ さよならだけが人生だ〉。十年ほど前、私の、美しすぎる上司が(もちろん女性)この詩を口にして職場を去った。詩の文芸的価値は全く分からないが以来大好きな言い回しだ。〈勘酒 勧君金屈巵 満酌不須辞 花發多風雨 人生足別離〉が元の漢詩で、「四書五経ってなんのこと」ぐらいの漢文の素養の持ち主の日本男子にとっては味も素っ気もない漢字の連なりだ。
 日本では井伏鱒二の名訳でブレークしたそうだ。〈この杯を受けてくれどうぞなみなみ注がしておくれ〉、そして〈花に嵐のたとえもあるぞ さよならだけが人生だ〉につづくという。こんなのを意訳というらしい。律動的というかなんだか男のロマンをかき立てる響きがあるのだが、意味はいまいち分からない。だが分からなくとも許せる魅力がある。(意味を知りたい方は〈さよならだけが人生だ〉でインターネットを検索してください)。
 この詩が有名になったのは井伏鱒二の功績だけではない。太宰治や寺山修二たちが小説やエッセイで引用したからさらに名声は広がり大ブレークとあいなった模様である。日本人をしんみりさせる、柄にもなく詩や俳句に思いをはせる「別れと桜の季節」、藤泰樹という教育者が第一線を退く。教育という楽しくもやりがいの多い、しかし苦しくも悩み多い現場から、徐々に地域の人となっていくのであろう。残念ながら藤先生は筑紫方面に居を構えているとのことだが、サンタマリオカメラマンのお陰で、こうして先生の退職祝いパーティを紙面で紹介できそれが大ブレークに繋がると信じつつ‥

 

 
 
藤先生退職パーティ
藤先生退職パーティ

コラム駅前広場 3月30日

◇ 町に吹奏楽団がある意義

 篠栗町吹奏楽団定期演奏会の写真を見て、考えたことを二、三回に分けて書くことにする。

 県土整備事務所という県の出先事務所がある。数年前に名称が変わった。以前は土木事務所といっていた。この事務所の仕事というのは、おおざっぱにいえば、道路と河川を管理維持し、建設改修することである。しかしそれらの建設や拡充は長期間の取り組みで進んできた。引き続きそれらとともに、今では質的に違う道路造りや河川の管理をしている。たとえば河川では、治水利水から、親水という新たな機能を加えることになった。つまり水害を防ぐ、あるいは川の水を農業用水や工業用水として利用することは当然今でも重要なことに変わりはない。だが、それと同等の価値で、人々の快適な生活をめざして水に親しみやすい環境をつくって川を沢山の人が利用できるようにしようという新しい事業だ。

 ノーベル経済学賞をもらってもおかしくないといわれている宇沢弘文という経済学者がいる。この人の言葉に社会資本というキーワードがある。道路とか橋とか人間が生きていく上で最低必要な設備から、今では楽しく生きるための美術館とか音楽ホールとかいったものが篠栗町レベルでもつくられるようになった。それらはハコモノといわれている。

 文化の発展は、そのハコモノが本来の機能を発揮するように、そこで技術や芸能を演じる人たちがいて本物になる。そして大きな広がりを持つようになって初めて文化の香りが漂う町と評価されることとなる。カラオケ大会も大事だし、吹奏楽団の定期演奏会も大事というわけだ。つづけます。

 

 
 
篠栗町吹奏楽団定期演奏会
篠栗町吹奏楽団定期演奏会

コラム駅前広場 3月23日

◇ さくらの季節

 卒業式、終業式の季節、子どもたちの進学・進級のドラマを、桜の花が開花、満開、落下と移ろいつつ彩る。学年末の終業式は修了式というのが正しいんだそうだ。3学期末に渡される通知簿は修了証書でもあるという。学期末と違って、学年末は一段と節目の時期なのだ。子どもたちは喜怒哀楽織り交ぜてこの季節を過ごしながら、一歩一歩大人に、成人に、社会人に近づいていく。とまあ、そんな折り、篠栗中ソフトボール部は2月のサニックス旗争奪大会に続いて今週は香椎カップ、近県大会と試合を重ねる。選手たちは試合続きにもかかわらずいつも陽気で健気でひたむきで、青春を燃焼させている。見ていて爽快、時に老人ゆえ涙腺を刺激されたりする▼そうして新一年生を迎え技と伝統をつないでゆく。部外者はそんな風に考える、しかし部活動というのはいろいろあるらしい。大学医学部の教授は、教育・研究・臨床とそれぞれ価値もあるけど責任もあり身体がいくつあっても足りないような激務をこなさねばならないという。最上級生になった部員は、夏の中体連本大会に向け力をつけるために集中したいところだが、新一年生の指導にも力を割かねばならない。部活動(当時はクラブ活動といっていた)を、それも今と比べれば牧歌的ともいえるレベルで、中途半端にしかしていない身には想像もつかない世界だ▼中学部活で鍛え上げた選手たちをリストアップして地域の児童たちの指導者として活躍してもらえばいい感じだなあなんてのんきにアイデアをひねっていたのだが、とんでもないというところだったようだ。

 

 
 
中学ソフトボール香椎カップでの篠栗中
中学ソフトボール香椎カップでの篠栗中

コラム駅前広場 3月16日

◇ スポーツの歴史

 パラリンピックのメダル獲得競争で日本は現在5位となっている。パラリンピックの成績はそのまま国の文化度、経済力を示すように思う。身体に障害を持っている人も心おきなくスポーツにいそしんで技量を高めることができるのは差別を克服してきた歴史の蓄積があることの証左であり、大会に参加できるほどの水準に達するだけの練習ができる経済的余裕が多くの人に行き渡ったという背景があるからだ。
 スポーツの歴史というのは現代人が思うような健康とか友情とかいった朗らかで健やかなものではなかった。戦士の訓練としての競技が主流だったようだ。今でも近代5種競技などそのものズバリ、戦争そのものである。ローマ時代の剣闘士は貴族たちの見せ物として命をかけて戦った。なかなかに血なまぐさい歴史なのである。アマチュアリズムを私たちはさわやかなものとして受け止めがちだが、階級社会の西洋で貴族たちが奴隷たちの労苦のおかげで余暇を楽しんだにすぎないという側面がある。そんな非人道的な色彩の濃かった歴史を経て、今スポーツ文化が花開いている。
 とりわけ若い人たちのプレーする姿は、日本という国が絶対にいい方向に向かって力強く前進していくという確信をもたらしてくれる。あどけなくもたくましい少年たちが集った少年野球若杉リーグの開幕式の写真をみて様々な感慨を我々団塊世代は抱く。欧米に追いつけ追い越せと息せき切ってきた先人達の知恵と汗がこういう形で結晶したのだ。昨年は少年野球はじめサッカー、バレーやバスケットの取材がおろそかになった。今年こそは‥。

 

 
 
少年野球若杉リーグ開幕式
少年野球若杉リーグ開幕式

コラム駅前広場 3月9日

◇ 印象派・箱根駅伝・遍路道

 印象派の絵画は日本人の好みらしい。霧と雨のロンドン市民があこがれるならわかるが、ぜいたくな陽光に彩られてこれほどに四季の移り変わりのすばらしい日本に住みながらなぜなのだろう。印象派が花開いたのは、絵の具が野外に持ち運びできるようになったからという。箱根駅伝は今でこそ正月テレビ番組の雄であるが、二十数年前は最終区の一部だけを生中継していたらしい。中継技術が未熟で全コースをカバーできなかったからという。技術の進歩は確実に新しい文化を生み出す。
 篠栗八十八カ所の遍路道はその点どうなのであろう。アスファルト道路に変わったり、車の行き交いが激しくなったり、どちらかといえば風情が損なわれている面の方が多いのではないか。上の写真に写る66番札所から上る雑木林、杉林の木立の中を行く遍路道は整備が行き届いて歩きやすく歩いて気持ちのいい散策路である。こんなふうに宗教の厳かさ深遠さを保ちつつ、現代の技術を生かして遍路道を改良して誰もが親しめるような快適なコースをつくってほしい。修行が難行苦行でなければならないのは過去の話だ。
 篠栗の霊気と自然の豊かさ人情の厚さを感じさせる遍路道はいたるところにある。町中の札所にも大切にして残したい奥深い味がある。現代の物質的豊かさをうまい具合に活用して福岡都市圏の老若男女の心のふるさととなるような遍路道に磨き上げてゆく。物語が加わればさらに強力になる。JRの駅が幸福駅とか夜明駅とかいう駅名でブームになったように。本尊と名物住職と周辺の名所を掛け合わせたりすれば…。

 

 
 
篠栗八十八カ所遍路道
篠栗八十八カ所遍路道

コラム駅前広場 3月2日

◇ 遍路道と白装束

 私の母親の里は紙屋という遍路宿をしていた。夏休みなどに兄弟で遊びに行く。数日間泊まって、いつも二、三回寝小便をして迷惑をかけた苦い思い出もあるが、「にいちゃん、ねえちゃん」と慕っていた叔父叔母から可愛がられ、祖母にあたたかく見守られ、私にとってなかなかに楽しいセピア色の風景だ。その祖母が俳句をたしなんでいたらしく、ある時俳句をしたためたメモ用紙を見つけた。へー、ばあちゃんって俳句をするんだと新鮮な驚きがあった。たしか〈菜の花や真一文字の白い列〉みたいな句があった▼かつて篠栗駅前広場を埋め尽くすほどの白装束の遍路が、この時期参集したらしい。壮観であったろう。霊場開きは、その白の大集団に起源があるとエリアセンター前所長から聞いた。彼も篠栗の生き字引的存在になりつつあるのか▼今はコンビニエンスストアになってしゃれてスマートな一角になったが、駅前のローソンの敷地には遍路相手の土産物の店があった。そこを中心に集まる白装束の大集団は絵になったであろう。彼らが集う霊場開きはおごそかで華麗だったに違いない。これはぜひ現篠栗駅に再現したいなあと思う。いつもコンテストを持ち出して「あんたも好きだねえ、バカの一つ覚えか」と蔑まれそうだが、ミス白衣コンクールなんか開く。そうして長い白い列が遍路道を歩く。祖母が俳句にうたったように遍路道は白衣姿がよく似合う。町内外の写真愛好家が殺到するかもしれない。延命寺住職が心血を注ぐ月参りなんかを発展させて、コンパクト八十八カ所の強みを生かしてと想念は広がる。

 

 
 
篠栗八十八カ所遍路道
篠栗八十八カ所遍路道

コラム駅前広場 2月23日

◇ 難所ヶ滝に立つ

 石坂洋次郎という青春小説の人気作家がいた。今ではすっかり影を潜めた。夏目漱石や森鴎外だって永久に名が残るかは絶対ではない。同じ作家でも深田久弥だけは確実に名を残しそうだ。彼には日本百名山という著作があるからである。ミシュランというタイヤ会社がグルメがいる限りその名を残すように深田久弥も山好きがいる限り安泰である。
 「夏富士に一度も登らぬバカ、二度も登るバカ」というが、難所ヶ滝の大つららは表粕屋に住む人は一度は訪れなければならない冬の聖地、といってもいいのではないか。写真のように、毎年清冽で豪勢な姿を登山者に惜しげもなく見せてくれる。そこで、篠栗近郊百名山を、篠栗町登山部を中心にめぼしい山を踏破して選考してはどうだろう。篠栗近郊で百もの名山を探すのは困難だから、山全体ではなくこの大つららとか部分ごとに選定する、かつ紅葉の頃の桐ノ木谷遍路道とか季節も限定したり、霧のしょうけ越えとか自然現象と絡めて命名したり、いろいろに工夫して百の山に関わる名所を探し出す。篠栗近郊百名山として売り出せば、外国の人のことまで知らないが、とにかく日本人は三大○○とか日本百選とかが好きだから大ブレークも夢ではない。
 〈夏は嫌冬は嫌だで歳をとり〉なんてことにならないよう雪害被害報道をしりめに冬山を楽しもう。私も三郡縦走路の一部の雪山を楽しんだが、難所ヶ滝は二の足を踏んだ。花村さんはじめ4人の熟年アルピニストには敬意を表したい。寒さはしばらく続きそうだ。その気になったらAC篠栗へ。4人が助言してくれるはずです。

 
 

コラム駅前広場 2月16日

◇ 学校と地域を結ぶ

 創立140周年と聞くと、卒業生の一人としてなんだかわけもなく誇らしい。寿というのはとにもかくにもめでたいのだ。学校が長らえるということは、文化的にも産業の面でも人々の暮らしの確かさという点でも、何より教育力という点で、その地域が優れているということだからだ。とりわけ少子化が容赦なく進行し、統合や廃校の動きも後を絶たない時代にあって、篠栗小学校だけは絶対に幾久しく大丈夫と揺るぎない信頼をもてるところがすごい。篠栗は非常に高い地域力をみなぎらせている。

 青少年健全育成推進会議というのが1日違いであっていた。子供に関わる組織やグループをまとめるのは、本来は児童相談所の役割なのだが、なにしろ県下に6カ所しかなく、政令市除き58もある自治体の面倒は見ることができないのが現状だ。行政に頼ることはない。民が主導して力強い機構や協力体制を築き上げて全国が見習うような水準をめざすことだ。篠栗小校区づくり実行委員会など先導役を担う組織に篠栗は恵まれている。子どもたちを活動の中心に据えることはいうまでもあるまい。

 写真に写る子どもたちが古希を迎えるころ、篠栗小学校は200周年という大台に達する。この中の一人が教育委員長になって200年の式典であいさつするかもしれない。井上委員長に負けないくらいの立派なあいさつをしてくれ。在校時も素敵な学校だったのが、幾星霜さらに磨きをかけて「日本一の学校に育ったなあ」という感慨のもと、委員長になった彼か彼女があいさつすることになれば、草葉の陰で私はうれし涙を流す。

 

コラム駅前広場 2月9日

   せとっ子まつりからヒントをえた

 我ら団塊世代が子どもの頃は、こま回しの全盛時代だったのではないか。なのだが、その全盛時代にあっても、上の写真のような数のコマが同時に回る豪勢な景色は見たことがない。独楽回しの横の広場での竹馬作成にしても、とにかく実行委員の並々ならぬ情熱と献身があつく伝わってきた。加えて蓄積がもたらす充実なのだろう。下地は十分に整ったわけで、今後はせとっ子まつりを縦横無尽に発展させてほしい。
 大人も童心に返って夢中になり始めたこま回しの盛り上がりを目にして、こま回し・竹馬の他にもチャンバラごっこ、エスけん、三角ベース野球、パッチン、名前を忘れたがラムネ玉を使ったゲーム…、懐かしく思い出されてきた。思い出の中のセピア色の風景は胸を締め付けるほどの懐かしさだが、しかしとにかくみんな貧乏だった。
 コンピュータ学者の坂村東大教授の言葉が思い起こされる。スマートフォンやゲーム機は子どもの成長にとって害をもたらすのかという問いに対する彼の答えは、否であった。テレビが普及しだしたころは、一方的に情報が入ってくるから子どもは受け身で消極的な人間に育つと心配された。一転、ゲームやスマホは自在に操られるからわがまま勝手な実人生を知らない人間に育つと危惧する。そうではない、バランスの問題なのだと彼はいう。勉強するのがいいからといって四六時中勉強ばかりしていては、人間は偏った成長しかできないわけだ。ゲームもテレビも親の愛情も一身に受けることができる今の子どもは幸せだというのが彼の結論だ。遊びも文化も過去と現在の交錯がキモだ。

せとっ子まつりでのこま回し
せとっ子まつりでのこま回し

コラム駅前広場 2月2日

 CM(コマーシャル メッセージ)というのは人の欲望に火をつける。そうしないとものが売れないからだ。この商品があったらあなたは幸せになれる、便利で快適な生活を享受できると欲望をかき立ててきた。それもあって市場経済は勢いよく発展してきたのだが、やっかいなことも生じた。人々は常に飢餓感に襲われる。素敵な生活が約束されているモノを手にしていないから不幸なんだとわが身を呪う。人々に今は本当の幸せに到達していないという気持ちを刷り込む。CMはこれまで、足るを知るという心の安寧を壊す役割をしてきた。

 篠栗町が住みたい街の1位に選ばれた褒美としてテレビ会社がCMを作ってくれることとなって、その撮影現場にいってきた。有り難いことに物欲をかき立てるCMではない。篠栗町の魅力を知らせてくれるわけで成熟社会にふさわしい目的のもとにつくられるCMである。上写真のように素敵な笑顔が全編にあふれる映像となるだろう。

 こんなCM作品を篠栗町住民が主体となって毎年創ったらいい感じではなかろうか。商工会青年部とか、区長会とか篠栗中学生徒会とか、森の案内人とか、観光協会とか、篠栗の輪とか、smile kitchenとか‥。そうして年末にコンテストを開きベストワンを決定する。作品は様々な場で活用する。

 撮影隊はまず篠栗のよい所を探さねばならない。いまはやりの地元学だ。足りない所もみえてくる。これとあれを組み合わせればもっと魅力が増すといったことも気づくだろう。何より愛町精神が高まるし三浦町長のいう共創の町づくりを担う人が厚い層となっていく。


コラム駅前広場 1月26日

 全体にレベルが高すぎるなあと思った。カラオケ大会の観客席に座ったのは今回で4回目である。CDを出しているという松田さん(上写真・尾仲区)は別格としても、出場者の多くは、あの悪条件のもと、つまりゴージャスな照明に我が体躯を浮かび上がらせ大勢の観客の容赦なしの視線を浴びる中で、堂々たる歌唱であった。
 ハイレベルのカラオケ大会は問題も抱える。新たな参入者が怖じ気づいて二の足を踏み門戸が閉ざされる恐れがあるからだ。もちろん水準は高いにこしたことはない。打開策は多分一つしかなく、競争組と参加することに意義がある組とを分けることである。前者は、事前の選考会で出場者を10人くらいに絞って少数精鋭のコンテストにする。後者はクリエイト篠栗の設備を十二分に味わって楽しんでもらう。競争組には賞金を弾みベスト3の栄冠に輝いたエンターテイナーは、各区の夏祭りなんかに招待されたら何を置いても駆けつける義務を負う。祭を盛り上げることに心を砕き身を粉にしてもらうのだ。箱根駅伝みたいにシード争いとか繰り上げスタートとか様々な仕掛けで面白おかしく駅伝という競技を盛り上げる手法は見習うべきである。もちろん音楽の本質とか楽しみはきちんと堅持して。
 三浦町長が「住みたい街で1位になった。新春からこのような催しが多彩にあっているから‥」といった趣旨のあいさつをした。というわけで篠栗町の様々な文化をコラボする。競争組のバックには篠栗町吹奏楽団が演奏してくれたり、フルートと歌の掛け合いなど楽しいし写真コンテストを同時開催したり。

松田さん(尾仲区)
松田さん(尾仲区)

コラム駅前広場 1月19日

篠栗町成人式
篠栗町成人式

 NHKアーカイブという番組で今は亡き鶴田浩二と今もたおやかな美しさ絶品の八千草薫が夫婦役を演じたドラマがあった。(題名「シャツの店」)。シャツの店を舞台に話は進む。誇り高いシャツ職人の鶴田浩二の夫は八千草薫の妻に、ほれていながら愛想一ついわない。不満がつもりつもって妻は別居を決意する。数ヶ月後、家に戻ってきてほしい夫に、妻が条件として出したのが「月に1回、おまえを好きだと私の目を見ていってくれ」というものだった。夫には難題だった。いい大人がそんなこと口が裂けてもいえるかといったところである。やけ酒の毎日となる。「おまえが好きだ」と鶴田浩二がいう感動的場面があるのかどうか、ネタバレはここではやめよう。
 日本人の以心伝心の文化はやっかいである。「お父さんありがとう」、「あなたが大好きだ」といえば双方丸く収まるどころか四方八方が幸せになるのに寡黙を通す。それが美学だとばかりに。
 「長い間お世話になりました」結婚式当日花嫁が父親に感謝の言葉であいさつするのは小津映画の定番だ。そんな感じの感謝を表してあたりまえの記念日を意識的につくればいい。篠栗町成人式で代表あいさつをした吉村さんが両親の深い愛について語った。それにヒントをえた。成人式の場を、なかなか口にすることができない親への感謝を示す式典にしたらどうだろう。篠栗町成人式はセレモニーを越えた意義深いものとなる。成人式の主人公は新成人では決してない。彼らを、時に不安に襲われ、時に自己犠牲的に育て晴れの門出をもたらしくれた親たちなのである。

コラム駅前広場 1月12日

須賀神社十日恵比寿
須賀神社十日恵比寿

 〈4月には篠栗町議会も任期の最終年を迎えます。現職時だけでなく後々までも責任を負う覚悟を持って、議会運営に取り組む所存です〉。広報ささぐり1月号に載った今泉議長の新年あいさつだ。町議会傍聴のたびに議事運営のスマートさに感服している。その背景にあるのがこの覚悟なのだろう。
 9日、天神から博多駅行きのバスに乗っていると冷泉町のあたりで芸妓3人の姿を見ることができた。宵恵比寿のこの日、恵比寿神社に徒歩詣りしての帰りだろう。和服の黒とうなじの白の対照が鮮やかで、殺風景な町並みでも存在感は圧倒的だった。天神地下街では笹の葉を持った参拝帰りがいて正月の風情を高める。こんな季節感が徐々に薄れているのはやはり寂しい。
 篠栗町でも上町区の須賀神社で十日恵比須があった。夜店はなく、恵比寿神社のにぎわいに比ぶべくもないが、こじんまりさこそが強みとなる。商工会女性部のきれいどころが和服に着飾って参道を練り歩いたり、彼女たちを運ぶ人力車も登場したりして‥。大阪の十日戎のまねして、開門と同時にクリミン姿の子供がかけっこで一番乗りを競ったり‥。恵比寿様は漁業の神様でもあり釣りキチのためのお祭りを編み出してもいいし。それ専用の神様をつくるのは朝飯前だ。なにしろ日本は気前よく神々をつくってきた国柄である。誰も文句は言うまい。
 〈自分たちの町の町づくりは自分たちの手で〉と協創の町づくりを唱える三浦町長の思いはそういうところにあるのかもしれない。町長と議長のあいさつを、あらためてじっくり読めば方向性は見えてきそうだ。

コラム駅前広場 1月5日

神様 仏様

 2014年新春、NHKが「1914年幻の東京」と題して百年前の日本を振り返る番組を放送した。桜島の大噴火で年が明け、第一次世界大戦に参戦してドイツ領青島を制圧し戦勝気分に酔いながら年の瀬を迎えた1年だったらしい。欧州戦線での戦いは長引き、日露戦争で疲弊した日本の国家財政は戦争特需で赤字から黒字へ回復、戦争成金は我が世の春を謳歌した。三越が開店し「きょうは帝劇、あすは三越」と消費文化そして大正デモクラシーは花開いた。だが戦争が終われば過熱した景気は反動で一気に奈落へ。ここで紹介しきれないくらいに教訓を得ることのできるエピソードに満ちた一年間だったようだ。
 年の初めには海軍の汚職事件で10万人の民衆が国会に押し寄せ、年の暮れには勝ち戦に熱狂し暗い昭和へと突き進む。当時日本を旅したアメリカ人哲学者は日本人のすばらしさはほめ称える一方で移ろいやすい国民だとあきれたそうだ。10年後東京は関東大震災で壊滅的打撃を受け、そのまた20年後に空襲で再び焼け野原となる。勤勉さと高度の文明に裏打ちされた日本社会は見事に復興する。弱さと強さ、だらしなさと律儀さ、いい加減だけど一本筋が通っている、そんな日本人の不思議な大きさを感じさせた番組だった。
 老松神社の初詣の風景を一段と腕を上げたらしい横山さんが活写した。心地よい新春の冷気をほおに受け、家族の幸せと健康をあたたかくかみしめながら参道を歩く、日本に生まれて良かったと心底思うひとときである。仏の里篠栗は同時に八百万の神が供宴するふるさとであってほしい。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

コラム駅前広場 11月24日

充実の一年

 年を重ねると時がたつのが速くなる、とはよくいわれることだ。長く生きていると多少の変事に遭遇してもかつて一度や二度は経験していて感動やときめきといった感興はわかない。淡々と人生の時間は流れてゆく。だから時のたつ早さを思い知らされる。

 そこで私の一年だけど、なんだかんだと楽しいこと続きで長かった。このミニコミづくりに関わったから生じたことのようだ。たとえば篠栗町で起こる様々な出来事に接し、こんなすごいことが篠栗町で繰り広げられていたのかという驚きであり、小学生や中学生が、自分たちが子どもの時分ではとても想像できないようなすばらしいことをことも無げにやっていることを知っての感動であり、プロの音楽家や落語家の芸を狭い空間で堪能し、昔の王侯貴族しか味わえなかったような愉悦であったりする。11月10日号に載せた「篠栗中文化発表会」の写真に写る先生と生徒たちの姿は脱帽と感動と驚嘆であった。上の百景に写るソフトボール部とバレーボール部の技術の高さとひたむきな健気さと底抜けに明るくそれていて礼儀正しい女子中学生たちに、時に目頭が熱くなったりして多くの元気をもらった。

 ここに町づくり・地域興しの秘訣があるように思う。多くのこころざし高い人が自己犠牲と献身性で取り組んでいることをより多くの住民が共有し共感し互いに励まし助け高めあう。そうすることで個人的には人生が長くなり充実する、町づくりに励む人たちの横のつながりが広がり確かなもに発展していく。そんな町の動きを今後も追っていきたい。情報をお寄せください。