コラム駅前広場 老人クラブ命名考第1回 2013年3月10日

老いや死が忍び寄る

 日経新聞が毎年発表する〈学生が入りたい企業〉の1位は「日本生命保険」である。以下「東京海上日動火災保険」「第一生命保険」「三菱東京UFJ銀行」「三井住友海上火災保険」と続く合併前の名をただくっつけただけの工夫のかけらもない企業名に接すると、ベストテンはすべて銀行か保険会社ということもあり、夢とかロマンがないなあと嘆きたくなる。もちろん若い人には若い人の思惑や事情のあろう。経済成長の時代と違って安定志向にならざるを得ない。そして年寄りもまたさまざまなこだわりがある。▼老人クラブの入会資格は65歳からだ。だが、則入会という人はまれだという。理由は二つ、まだまだ元気で自分が年寄りとの自覚がない。老人仲間でグチや昔話はイヤというわけだ。あと一つは、老人クラブに入れば年寄り紀文になって老いが早まるとの不安だ。まだまだ若いと強気に振る舞うが体のあちこちにガタが来ている。胃とか肺が痛むとガンじゃないかと不安になる。病や死が忍び寄ってきて、老いというものから目を背けたくなる年頃なのである。▼やっぱりだから命名が大事なのである。名は体を表す。入会すれば青春がよみがえってくるような会名なら食指も動こう。いや、かつては大老・家老・長老との呼び名があったように老いという字は尊敬の念がこめられていたわけで、逆手にとって大胆に老いの字を前面に押し出す悪くない。65歳を前倒しにして入りたいなんて人は出てこないだろうが、次回に老人クラブの命名考を続ける。(574号13年3月10日)

 
 
 
 
 
 
 
 
 

コラム駅前広場 老人クラブ命名考第2回 2013年3月17日

迷惑・惑惑・不惑

 40代以上で作るラグビーチームの名前を、論語の「四十にして惑わず」からとり不惑クラブとしたのは関東だ。だったらというわけで関西は、こっちは異性や趣味に惑い続けようと惑惑クラブと名付けた。九州は、いい歳してラグビーにうつつを抜かすと馬鹿にされる前に迷惑クラブと命名する。ラガーマンらしい洒落っ気のあるネーミングだと感心する。老人クラブの名前を考えるとき参考になりそうだ

 樋口恵子というネーミングの達人がいて「人生二毛作時代」という言葉を編み出した。60歳前後まで一つの仕事をやり終え、その後の20年間の人生後半を全く新しい仕事や社会活動や趣味に打ち込む。人生に2度の実りをもたらす日本のすばらしい今を、人生二毛作時代と名付けた。そこで二毛作クラブもよさそうだ。

 実は、老人クラブのネーミングの見事な成功例がある。1989年から出雲市長を2期務めた岩国哲人の著作に出てくる。(次代を創る・プレジデント社刊)。65歳になった人たちを祝う会を開催した。成人式の向こうを張って慶人式と銘打ったそうだ。岩国市長は会場を見渡して驚いたという。65歳の参加者が若々しかったからだ。そこで市長は入会年齢を70歳に引き上げようと提案する。老人会の会長から「それなら老人会青年部を作ろう」と逆提案が返ってくる。その結果、老人会の名前を慶人会に、60歳から70歳を慶人会青年部とした。名前が変わったとたん希望者が増え一気に規模が大きくなった、めでたしめでたし…。(576号13年3月17日)

 
 
 
 
 
 
 
 

コラム駅前広場 老人クラブ命名考第3回 2013年3月24日

今の自分が一番若い

 二、三年前、若杉山の奥の院への道を歩いていると「若い人は(元気で)いいですね」と声をかけられた。60歳の老人をつかまえての、80歳くらいのご婦人の言葉であった。そのときは体調がよく足取り軽く山道を登っていて自分もまだまだ登山は大丈夫だぐらいは思っていたが、面と向かって「若い人」といわれればやはり恥ずかしい。しかし感じのいいその老婦人は、お世辞でもなく皮肉でもなく素直に「若い」といってくれた感じだった。

 80歳から60歳をみると若く感じるのだ。そう確信できるのは60歳から40歳をみると、若いと思うからである。中学生や高校生、いや40くらいまでの男女にはわからない想像もつかない世界がここにはあるのである。たしかきんさんぎんさんだったか、百歳ぐらいの時、小遣いをもらって何に使いますかと問われ「老後のために貯金する」と答えたといわれる。俵萌子は「今の自分が一番若い」といったそうだ。これから先のどの自分よりも今が一番若いというわけである。

 老人クラブ会員世代は余生を送る人々ではない。今をいきる人たちなのだ。老人たちは過去の人、援助の手をさしのべるべき人、はては、働きもせずクウテ寝るだけの役立たずな人などとさげすみ忌み嫌うなどは言語道断ということになる。もちろん手厚く看護介護すべき弱者という人もいよう、いけ好かん頑迷な人もいよう、しかしそれは若者にも生意気なのや、周囲の迷惑など顧みずやりたい放題がいるのと同じことである。(576号13年3月24日)

 
 
 
 
 
 
 
 
 

コラム駅前広場 老人クラブ命名考第4回 2013年3月31日

かつぐ

 再評価されている田中角栄に、たしか「かごに乗る人、かつぐ(肩に乗せる)人、そのまたわらじを作る人」という言葉があった。人それぞれの特質・持ち味を出し合って世のため人のためとの意であろう。
 地域興しの三大立て役者は「よそ者・ばか者・若者」という。さらに今、前面に躍り出たのが引退組である。篠栗町でもそのマグマがあふれ出した。ある自治区では剣道有段者を会長にかついで(まつりあげる)篠栗新撰組と名乗って一暴れしている。もちろん人斬りではない。草刈りに東奔西走し素敵な緑地を至るところにつくった。山間地の自治区では「木の香り日暮れどき木の芽時」と長ったらしい訳のわからない名前をかかげて竹と杉と山菜をかけ合わせてお遍路さん相手の弁当づくりをはじめたらしい。「一直線」という高齢者団体もある。篠栗町のあちこちに杉並木、ケヤキ通り、桜トンネル並木と作ろうともくろむ。すでに山毛欅の並木がほぼ全容をあらわし知る人ぞ知る篠栗名所、若者の出会いスポットとなった。いつまでも活動できるようにと験をかついで(縁起を気にする)「不老長寿」と名乗るグループも現れた。その計画たるや、遠大である。篠栗を取り囲む山々をぐるっと一周できる縦走路を作ると意気軒昂だ。「篠栗の竹林七賢人影の内閣」に集う7人の老人は、発表されたばかりの「第5次篠栗町総合計画」を具体的実践的に拡充し住民一人ひとりが参加できる計画にしようと意気込む
 あすは四月バカ、1日前倒しのうそは、読者のみなさんをかつぐ(だます)ことができただろうか。(577号13年3月31日)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

コラム駅前広場 老人クラブ命名考第5回 2013年4月7日

最強の集団

 「ばか者・若者・よそ者が地域ににぎわいをもたらす主人公」といわれていると前回書いた。ばか者には失敗を恐れぬ鷹揚さ、若者には行動力と向上心が、何より潤沢な未来がある。よそ者には地域の良さを新鮮なものとして感じ取るセンサーを持っているがゆえに尊い。
 だが、それでは肝心のグループを見落としている。ばか者・若者・よそ者をはるかに上回る最強の集団があるではないか。職業生活を全うし第一線から退いた引退組である。彼らにあって三者にないのは何か。有り余るほどの自由になる時間である。地域興しにとって、これは決定的だ。住みやすい地域を作ったり安心安全のまちづくりにとって、作業や取り組みや会合に割かねばならない時間はいくらあっても足りないくらいだからだ。引退組にはさらに、生きてきた人生の長さというものもある。彼らは数限りない失敗を経験しているというだけで実力者となる。かつ彼らは世界に冠たる年金制度を持つ日本という国の受益者である。少なくともこつこつと掛け金を負担してきた人の生活基盤の安定度は折り紙つきだ。だから彼らは後顧の憂いなく尽力できる。
 蛇足ながら、年金制度の欠陥をいい、破綻などという言葉で脅したりする人は、亡国の徒だと罵りたくなる。年金制度のイロハを知れば、世代間格差は厳然としてあるにしても、完成度の高さと加入することがどれほど得かは、自ずとわかる。年金は危ういもの不公平なものと喧伝して遠ざけようとするのはいい加減にしてほしい。(578号13年4月7日)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

コラム駅前広場 老人クラブ命名考第6回 2013年4月14日

往来

 〈百年前までの女性の多くは、農業以外を主体的に選択することは困難で、生まれ故郷の40キロ以内の生活圏で一生を終えた〉という趣旨の一文があった。市井の人にとって歩くことしか移動の方法がなかった時代だから当然だろう。自動車を複数所有する世帯が珍しくない現代は、一転して遠方へ出かけることはいとも簡単だ。
 私が子どものころの篠栗町の旧道沿いは、商店が軒を連ねていて記憶は鮮明ではないのだが人通りもあったように思う。今では通勤通学時以外は人っ子一人いないといった趣だ。映画やドラマで時代劇を見ると道を多くの人が行き交っている。まさに往来である。江戸時代の日本の人口は2千万から3千万だったと推計されている。5分の1くらいの数だったのに戸外にいる人の姿は今よりも多かったのではなかろうか。車の普及がその一因であろう。決定的なのは、多くの人が勤め人になったからだ。昼間はビルや工場の中で働く。地域に残るのは、就学前の幼児か激減中の専業主婦か、引退組である。彼らも戸外に出ようとしない。その理由を、あまりに室内が快適になったからだと説く著書があった。(コミュニティデザインの時代・山崎亮著)。井戸そのものがなくなったから井戸端会議はそもそも成立しないのだが、主婦達は空調の行き届いた部屋で談笑する。老人たちも暑い日寒い日には外に出たくはなかろう。で山崎さんは、地域や自治体にとって目指すべきは、定住人口や流入人口増ではなくもう一つの人口だという。(579号13年4月14日)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

コラム駅前広場 老人クラブ命名考第7回 2013年4月21日

定住人口・流入人口・活動人口

 町の勢いを示す指標の最たるものは人口だろう。産業の発展、文化の進展、教育の充実といったものも町の力を示す。にしても、それらすべての基礎にあるのは人の数である。だから自治体関係者は人口増をめざす。
 西日本新聞17日朝刊に日本の人口が2年連続して減ったことが報じられていた。減少傾向が反転する兆しはない。自然増が期待できないなかで人口を増やそうとすれば他の町からとってこようということになる。それは、人を自治体どおしで奪い合うことであり、大きな目で見ればうまくいかないだろう。
 つぎに流入人口を増やそうともくろむ。観光や保養などの目的で他の町の人が訪れてくれれば、金を落としてくれる、地元は潤い、雇用も拡大する。だが、この流入人口を増やすことにも落とし穴がある。観光地には栄枯盛衰があるし、たくさんの来訪者に生活を乱されたり、儲けるとわかると外部資本が参入して収拾がつかなくなったりする。
 何より大切なのは、そこに住む人の日々の生活の安寧であり豊かな人生であり、安全安心の地域づくりである。そこで「コミュニティデザインの時代」の著者山崎さんは書く。〈定住人口が減るから交流人口(流入人口)を増やして何とかしようとするのもいいが、むしろ「活動人口」を増やすという手もあるのではないか。定住人口が減っても、市民活動などに関わる人たちが増えていけば、まちは豊かになるのではないだろうか〉。活動人口を大量に供給できるのは…「引退組」が脚光を浴びる。(580号13年4月21日)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

コラム駅前広場 老人クラブ命名考第8回 2013年4月28日

地域発展の芽

 フルタイム住人といういい方がある。主婦やリタイア組、あるいは自営業を営んでいる人など、我が家で就寝し起きてから寝るまでほぼ地元にいる人たちである。一方勤めに出ている人は朝早くから夜遅くまで働き、我が家には極端にいえば寝に帰るだけ、地域のことに割ける時間もなければ余力もなかったというのが、高度経済成長からバブルにかけての様相だった。が経済成長は著しく、働く人の数も増え続け、税収は増収につぐ増収だった。だから働き盛りが地域にいなくとも潤沢な資金に国家や自治体は恵まれ、産業インフラそして医療・福祉・教育の制度や施設は順調に拡充していった。
 一転、風景が大きく変わった。グローバル競争の激化、安い人件費の新興国の台頭、高度の技術発明が簡単にマネができるIT社会の進展、国内にあっては人口減、産業空洞化、それらが相まって税収の伸びは止まった。逆に支出面では、高齢化に伴う社会保障費の自然増、インフラの維持管理費と増え続け、収支は逆転し国も自治体も借金体質となった。地域で問題が生じても簡単に金を都合することができない。危うし自治体なのである。 だが、住みやすい文化の薫り高い教育も充実したまちづくりをすすめるためには、金だけがものをいうのではないし、金があれば万事解決するわけでもない。目を転じれば、地域には大きな可能性の萌芽がある。団塊の世代はじめ引退組の増加が加速しているからだ。彼らにいかにして活動人口になってもらうか、が鍵となる。(581号13年4月28日)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

コラム駅前広場 老人クラブ命名考第9回 2013年5月5日

マウンドやバッターボックスに

 この欄で書き連ねてきたように、リタイア組というのは限りない可能性を秘めている。まず、けっこうな数いるということである。平均寿命が短く多産の時代は人口構成はピラミッド型になっていたのが、今では余命が伸び、かつ少子化であるため、どちらかといえば若者よりも老人の方が多いという構図になったからだ。二つ目は、75歳ぐらいまでの多くの年寄りは平均余命の伸びとあわせ肉体的にも精神的にも若いということである。三つ目は、活動できる元気を持ちながら第一線から退いているゆえに時間に余裕があるという強みを持っている。人生経験が豊富なことも強みに加えていいだろう。

 一方で、年寄りは非生産的で医療や介護などの世話を受ける金食い虫という見方がある。こちらの方が若い人には強烈に刷り込まれているようだ。そこで高齢者対策という言葉が平気で使われることになる。行政も今は「対策」から「活用」という言葉に変わったようだが、それでも、問題を作り出し対策し管理するという体質が行政にはつきまとう。

 高齢世代の可能性は、まだ潜在力にとどまっているように見える。活動人口としての条件をたっぷりもちながら未だにベンチを温めている多くの引退組を、どうやってマウンドにバッターボックスに立ってもらうか、ダイヤモンドを駆けめぐってもらうか、それこそが、町の力とか勢いとかにぎわいとかを決定づける最大の鍵になると思えてしかたがない。できれば、次号からその具体策を考えてみよう。(582号13年5月5日)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

コラム駅前広場 老人クラブ命名考第10回 2013年5月12日

人材マップ

 吹きガラスという高価なガラスの器がある。一つ一つ手作りだから高くて当然なのだが、ガラスは割れて壊れるという恐れもあってなかなか手が出ない。ところが、冷たい水をこの容器で飲むと、ただのコップで飲むより数倍のおいしさを感じる。百円出してもいいくらいの美味をもたらしてくれる。つまり3千円で吹きガラスを買っても30回ぐらい利用すれば元を取れるということである。(ちょっと論理の展開が荒いようです)。
 高齢者の多くが活動人口となれば、その町は大変な武器を得たことになる。高齢者に活動してもらうためには、この連載の最初に戻って、老人クラブに前期高齢者といわれる人たちに加入してもらうことがスタートであろう。そこで会のネーミングに工夫を凝らす。器が魅力的であれば中身の料理もおいしくなる。名前が人を呼び人が人を呼ぶ。その勢いは会の活発な活動に及ぶ。
 引退組の人材マップを作るというのも不可欠である。引退組の、特技や職歴ごとの分布状況をマッピングする。たとえば学校の先生の経歴を持つ人が篠栗町にどのくらいいてどのように各自治区に散らばっているのか、がわかるような資料があれば、地域の子供たちの社会教育をすすめる体制づくりをしようとする時、力を発揮するだろう。竹林に一家言を持っている人、河川管理の専門家や森林に興味を持つ人とかもわかれば、関連の事業をすすめる際に参考になる。錦の御旗になってしまった個人情報保護法とかいうのがしゃしゃり出てきそうな局面だが、そんなもの工夫次第で撃退できるはずだ。3番目の処方箋は次回に。(583号13年5月12日)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

コラム駅前広場 老人クラブ命名考第11回 2013年5月19日

研修の一石○鳥

 十年以上も前のこと、家人が町主催の「ホームヘルパー二級資格取得のための講座」に半年間通った。そのとき感じたことを綴った私の文章である。〈素晴らしい企画だと思った。受講者個人にとっては「ケア」という今後重要になる技術と心を身につけることができる。介護を勉強しようという同じ志を持つ人たちが集まる。当然交流は深まるだろう。これまでの隣近所だけの付き合いが町全体に広がる。さらに重要だと思ったのは「介護の技術と資格」を身につけた人材が町内に着々と蓄積されることだ。介護だけでなく「廃棄物処理の専門家」とか「地域の子供たちの教育の専門家」とかを育成する講習会もしたらいいと思った(中略)公共事業の見直しや「共生社会づくり」にもつながる〉。

 つまりこういうことだ。町としてどのような地域社会を作りたいかをまず定める。訪れると心も身体も癒される安全安心の町づくりでもいいし、あいさつが飛び交う親しみと交流の町づくりでもいい。その具体的な目標に向かってもっとも効率よく着実に前進させることができるのは、それらを担う人材を育成するための講習会や訓練の場を町が提供することではないだろうか。町の姿勢が鮮明になるから住人や町内の各種団体・企業が、町の定めた目標へ集中することが容易になる。講習会を重ねることによって人材の充実や人的な繋がりが構築される。それは町づくりの揺るぎない基盤となる。実際に取り組んでみると講習会の不十分さも明らかになるだろう。それは次回からの講習会の改善に生かせばいい。受講生は引退組を優先する。(584号13年5月19日)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

コラム駅前広場 老人クラブ命名考第12回 2013年5月26日

簡易人集め法

 協働のまちづくりをしようとする時、役場に協力して「一肌脱いでもいいよ」、という人を捜さなくてはならない。
 住人は各人各様である。地域が元気になるんだったら何でもするぞという人もいるだろうし、世間などどこ吹く風と我が道を行く仙人みたいな人もいよう。世のため人のため我が身を犠牲にして尽力しようとする人を冷やかしたりする人だっている。そこで、今の言葉で言えば〈新しい公共〉の精神を持っている人を見つけださなくてはならない。つまり、少々時間に余裕もできた人で(これは引退組ということになるが)、地域のために一汗かいてみようかという人を捜し出す。手っ取り早いのは「地域ボランティア募集」というわけで、そのものズバリ、この指とまれ方式だ。しかしこれでは、普通の人は二の足を踏む。そこでオブラートに包む。「地域活性化策策定委員会」を町民から公募する。こんな委員会に応募する人は〈新しい公共精神〉を十二分に持ち合わせている人である。だけど日本人は奥ゆかしいというか控えめなのでなかなか手を挙げてくれない。そういう時はやっぱりエサがいる。委員の報酬金をはずむ。そうすると10人を超える町民が応募するかもしれない。公募委員として高給?で遇する人は二人ぐらいにして落選した人は〈新しい公共精神の持ち主〉としてリストアップする。それなりの処遇をして、たとえば情報提供を一般の町民より優先したりして気持ちをくすぐり町の応援隊になってもらう。この方式の欠点は「日暮れて道遠し」である。
 で、思いついたのが〈講習会方式〉だった。(585号13年5月26日)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

コラム駅前広場 老人クラブ命名考第13回 2013年6月2日

竹林全国コンテスト

 筍の季節の前に、鎌倉の竹林の名所「報国寺」を訪ねた。境内に入るのは自由だが竹林の拝観料は300円である。充分に満足できる竹林の佇まいであった。2,3分もあれば一巡できるような狭い敷地なのに静謐とか神韻といったような空間を作りあげていた。
 一番札所南蔵院の裏手から88番札所大久保薬師堂までの道は見事な竹林の連続である。小浦薬師堂まで移動しそこから13番札所までの竹林もまた素晴らしい。この周遊コースを京都嵯峨野の竹林の道のように整備する。嵯峨野は全国から観光客が集まるからとても適わぬとしても、篠栗竹林も福岡都市圏の住人をはじめ交通のよさから九州一円から憧れの竹林として脚光を浴びるかもしれない。
 鎌倉の報国寺にしろ、京都の太閤秀吉の妻ねねを祀る高台寺にしろ、嵯峨野にしろ、何故あの高みに達するのか素人目にはよくわからないのだが、竹林の美しさを高めるコツが何となくあるようだ。当然だが古い竹は間引く。竹の太さはできるだけ均一にする。地表は雑草は御法度、竹の葉で覆い尽くす。素敵な園路を設ける。園路と竹林を区切る竹垣を施す。さらに竹の青に映える赤い絨毯などを巧みに使った茶店などを配置する。
 言うは安し行うは難し、多くの人の手を入れなければその美しさをつくることもできないし、維持することも適わぬ。そこで竹林名所をつくるための技術・知識を伝授する講習会を町が企画する。講師は超一級の人を全国から招聘する。まあ、他にも色々な仕掛けが必要だろうが受講希望者が殺到すると言うことになれば、半ばこの計画は動き出す。(586号13年6月2日)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

コラム駅前広場 老人クラブ命名考第14回 2013年6月9日

国の補助金は時代遅れ

 住民から文化ホールを造ってくれ、運動公園を造ってくれと要望された時、県知事や市長・町長はどのような手法を用いてきたか、といえばそれは国からの補助金をどう引き出すかということであったろう。町の事業推進のための補助金を探し出すことが自治体の力の見せ所だった。なにしろ千万円の施設を新設する場合、交付決定すれば通常国から半額、県から4分の1が手当てされ、町は4分の1の250万円の手出しだけで町民のための施設をつくることができる。
 補助金の神通力も二つの理由でかげりを見せている。一つは国の台所事情が厳しくなったからであり、あと一つは国の全国画一の補助事業では対応できない行政課題が地域には生じているからである。それに公共施設もほぼ満杯状態になっている。是が非でも欲しい施設はそう多くはない。かつて県立図書館といえば、こじんまりとした木造の建物が、東公園の今の県庁議会棟の辺りにあった。時代は変わって質量ともにはるかに凌ぐ公立図書館が篠栗にはある。
 今自治体に問われているのは、高水準の施設を維持し改善したり、サービスの拡充である。そのときに必要なのは、金の力よりも人の力だ。図書館を考えてみよう。充分に訓練を受けた時間に余裕のある高齢者が、館内の案内や本の整理あるいは町内の有志からの本の寄付の収集などの作業に携わる。そうすれば金をかけずに公立図書館本来の役割をさらに充実させることができるはずだ。脚光を浴びている武雄市図書館の民間活用方式とは質的に全く違う篠栗方式ができたりして。一石を投じるか。(587号13年6月9日)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

コラム駅前広場 老人クラブ命名考第15回 2013年6月16日

千人力

 身内びいきであろうが、このミニコミ誌の記事の種類が近ごろ多彩になってきたように感じる。実は力強い助っ人が現れたのだ。ほぼ毎週のように地域の動きを撮影し提供してくれる人がいる。編集する立場からいうと、千人力といったところだ。
 その横山さん(新町区)は中学校の先生のOBである。東奔西走、八面六臂などという四字熟語をつい使いたくなるくらいに篠栗の動きを精力的に追っている。人的ネットワークの広さもさることながら、なんといっても学校の先生だったというのが、こうした活躍を容易にしているのであろう。「篠っ子ふれ・あい広場ボランティア交流会」の参加者が見せる充実した笑顔を、カメラに収めることができるのも、本人の行動力もさることながら学校の先生だったというのが大いに預かっているのではないか。このミニコミ誌の編集担当もあちこち飛び回っているのだが。
 地域に日々生起するさまざまな課題、あるいは豊かな地域社会を作るための避けて通れない課題を解決したり前進させたりするとき、国の補助事業も頼りがいのある制度かもしれない。だがそれよりも人的資源をいかに活用するか、つまり前半生の職業生活で培った技術や知識をいかに発揮してもらって安全安心の豊かな町作りに寄与してもらうかが、今後の重要な着眼点ではないか。だから人材マップは必須なのだと思う。これからは受け身の課題ではなく攻めの課題こそが問われている。めざす町の具体的なイメージを描きそこに向かって力を集中する。そのとき人材マッププラス講習会の力が必要となってくる。(588号13年6月16日)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

コラム駅前広場 老人クラブ命名考第16回 2013年6月23日

孫と無責任

 生後1ヶ月の孫が可愛くてたまらない。目に入れても痛くないといった言葉をつくった人の気持ちがよくわかる。我が子のかわいさとは違う。我が子の場合は社会人として育て上げなければならぬ責任感がともなうが、孫はただただ猫かわいがりしていればいい。なにしろ孫が社会で活躍するころは自分はこの世に生きていないかもしれぬわけで。
 学校の先生たちは大変なようだ。学級崩壊、いじめ、モンスターペアレンツ…。「二十四の瞳」のころは教え子たちの貧困と戦争という魔物の存在で、それはまた大変な教師の仕事であったろう。だがしかしそこには「我が師の恩」という絆があったであろうが、今はどうなのか。いずれにせよ職に就く人は教職であれなんであれがんじがらめの規則と重たい責任と厳しいノルマに縛られて働かざるを得ない。
 引退するとがらりと風景が変わる。生活のすべてを自分の思い通りにできる。現役のころのさまざまな制約や責任はなくなって、自分がしたいこと、やりたかったことをひたすら追い求めていけばいい。孫と接するときと同じだ。
 少子高齢社会は見方を変えれば、厳しい職業生活を経てその経験を活かして幅広い視野と深い洞察とで、本当に自分がしたかったやり方で地域のために活動ができる人たちがうようよしている姿でもあるわけだ。更にいえば、企業や団体が技術や知識を注入し育て上げてくれた人たちが次々に地域社会に参入してきているというのが、今の篠栗町である。つまりほとんどお金を費やさずに使いがいのある人材を供給してもらっているというわけだ。まさに人財だ。(589号13年6月23日)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

コラム駅前広場 老人クラブ命名考第17回 2013年6月30日

ほったらかしの精神

 住んでいる地域を安全で快適な環境にするための事業を進めるとき、選択と集中という手法が大事だといわれる。町が取り組もうとする課題を「あれもこれも」ではなく、「あれとこれに」しぼって、そこに人もものも金も集中的につぎ込んで効果的な事業展開をしようというものである。多分二つの背景があるのだろう。まずいえるのは自由に使える金が減ったことだ。さらに、かつての経済成長のおかげで公的な施設や制度は満足できる水準にあり、緊急かつ不可欠といえる事業はほとんどなくなっているというのが二つ目の理由である。選択から外れた分野はほったらかしていても、そうそう問題になることはない、とまあ、極端にいえばそういうことだ。
 つまり豊かで安全快適な生活の基盤はほぼ完成の域に達している。だから次の課題は、篠栗町の得意な分野、あるいは優れた景観、誇るべき伝統や歴史を探り出し、人・もの・金を集中投下して磨きをかけて宝にする。総花的が一番いけない。これからの地域づくりは「選択と集中」が焦点となる。
 まずは選び出す作業である。これは行政の仕事であろう。すでに成果物がある。「ささぐり みんなの 道標」だ。で、計画を進める際に何が大事かといえば、「誰」が「何」を「いつまで」にやるかを決めることである。「みんなでガンバロー」という精神論では事業は一歩も進まない。地域づくりというとき、「誰」は今まで町長をトップとする役場の人たちだけだった。「協働」という言葉が脚光を浴びているように、これからは多彩なプレイヤーがコラボする時代なのである。(590号13年6月30日)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

コラム駅前広場 老人クラブ命名考第18回 2013年7月6日

若者の魅力、年寄りの強み

 篠栗町消防団操法大会を観戦した。この欄で地域を支えるのは引退組だと書いてきたが、高齢者には消防団の団員をとても勤まるまい。篠栗町はそれぞれの持ち場立場で頑張っている人で成り立っているのだということを改めて実感した。幼児たちのあどけない笑顔にはじまってさまざまな年齢層が織りなすのが地域社会なのだ。そのことを大前提に老人クラブ考を続ける。
 町を運営するに当たって「選択と集中」が大事だと前回書いた。そこで、力を集中すべき政策を選ぶという作業が必要になってくる。それにはどのような手法があるのだろうか。九大の出水教授は、選択と集中の手法として事業仕分けがあるという。最近発行されたある団体の冊子に掲載された教授の文章にそう書いてあった。目が点になりそうだった。事業仕分けが選択と集中にどう結びつくのだろう。読めばなるほどと納得したのだが、ここではその説明は省略する。私の一押しの選択と集中を具体化する手法といえば、それは講習会である。
 すでに経験知識を蓄えた引退組を対象に、篠栗町という地域が今後力を入れようとする課題、つまり選択し集中すべき課題に応えることができる人材に育ってもらうための講習会を企画する。そうすれば、篠栗町が何をめざそうとしているのかを、講習会の受講者を募集する時点で周知できるし、めざそうとする課題をより多くの人が共有できる。どのような政策を選択し、講習会のテーマを何に設定するか、その作業こそが政治なのではないか。「ささぐりみんなの道標」に優先順位をつけるのは町議会の仕事になろう。(591号13年7月6日)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

コラム駅前広場 老人クラブ命名考第19回 2013年7月24日

スポーツの聖地

 一年生部員から見ると先発メンバーの三年生は怖い先輩、あこがれのプレーヤーなのかもしれない。しかし我々年代から見ると技量の高さとたくましさのなかにかわいさとあどけなさと健気さを併せ持つ女子中学生たちであった。中体連筑前地区ソフトボール大会を観戦してそんなことを思った。
 精進のたまものの技術の高さに驚くと同時に大会の規模の大きさと運営のすばらしさにも感嘆する。先生たちの献身によるものだろう。生徒たちへの愛情の深さと教育への使命感に裏打ちされてのことだと頭が下がる。中にはガミガミと生徒をしかりつけて首をかしげざるを得ない教師も一人おられたが。
 この欄では引退組の年寄りにスポットを当ててきた。先生たちの負担をいくらかでも軽減するために、引退組に一肌脱いでもらったらいい感じではないかとひらめいた。6,70代のじいちゃんと女子中学生、ばあちゃんたちと男子中学生の取り合わせはなんだかほのぼのとして大会は盛り上がると思うのだが、中学生は「いやだ」と逃げるのだろうか。「おっかけ」なんかが現れたりして。
 引退組を対象にスポーツ大会の運営技術と遠来の客のもてなしの心を伝授する講習会を開いて高い水準の大会が可能な受け皿組織をつくる。「スポーツ大会なら篠栗町に限る」と評価される高みに達すれば、流入人口は増える、だけでなく町の名声も高まる。ソフトボールやバレーボール、柔道などの最高水準の専用競技場を造って、最高の舞台を選手に提供する。交通網や付帯設備も充実させて日本一のスポーツの聖地をめざしたらどうだろう。(594号13年7月24日)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

コラム駅前広場 老人クラブ命名考第20回 2013年7月28日

遊びやせんとて生まれけん

 人はゴリラの3倍の脳を持っている。大きな脳をつくるためにエネルギーを注ぎ込み、体の成長を後回しにする。だから馬は生まれたそのときから立ち上がることができるが人の子は歩き出すまで1年もかかる。人の成長期は、他の動物に比べとてつもなく長い。長いのは成長期だけではない。老年期もまた人間だけが長い。なぜ人類は長い老年期を持つようになったのだろうか。それは人間だけが農耕により食料を生産し、さらに第二次産業、三次産業と拡大させ、精緻で競争的な人間社会を作り上げてしまったからだ。個人の生活を犠牲にして企業戦士になったり、領土の奪い合いなどで国と国との戦争が始まり文字通りの戦士にさせられたり、血なまぐさく猛々しい側面が人類社会に到来することとなった。経済成長は人々の幸せのためにあるはずなのだが、それだけが一人歩きしてしまって金の亡者になって競争にとりつかれる。〈その行き過ぎをとがめるために、別の時間を生きる老年期の存在が必要だったに違いない〉。以上は霊長動物を研究する山際京大教授のエッセイの内容である。(毎日新聞6月9日朝刊)。
 物質的に十分豊かな日本になったのだから、さらに生産を高めることに努めるのではなく、どのように万人に分け隔てなくものを配るのか、その仕組みを作り上げていくことこそが今問われているのではないか。そんな意味で今出番となるのは、地方自治とか新たな公共とかいったこと以上に老年期の人たちなのだと思う。「狭い日本そんなに急いでどこへゆく」みたいなゆったりと構えた老人の存在意義は高い。(595号13年7月28日)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

コラム駅前広場 老人クラブ命名考第21回 2013年8月4日

遊・教+学

 前回ふれた山際京大教授と同様、〈そもそもなぜ人間の場合、後生殖期あるいは高齢期が長いのだろうか〉の疑問に答える著書がある。(持続可能な福祉社会・広井良典千葉大教授著)。教授は〈人間の三世代モデル〉という表現をする。〈人間という生物の本質は、(子ども、大人、老人)の三世代構造をもっている〉ところにあるという。〈老人が子どもに教えるという点に中心的な意味がある〉、と続ける。
 三つの時期の特質として、子ども→「遊」+「学」。大人=働(産)。老人=「遊」+「教」をあげる。子どもは外界の何にでも好奇心を感じ、何でも遊びの対象にし、その過程で次々と新しいものを〈学〉ぶ。大人の役目は〈働〉くことであり、モノやサービスを〈産〉み出し、子どもを〈産〉み育てることである。老人は労働や生産活動からはリタイアし解放されている、という点で子どもと同じであり、子どもの〈学〉のちょうど対になるかたちで〈教〉の役目を担っている。生産や性から解放され生物学的にみると余分とも見える時期が大人の時期を挟んでその前後に広がっていることが、人間の創造性や文化の源泉と考えられるのではないか。
 頭のいい人の構想力と本質を見抜く力にただただ脱帽する。三世代モデルの考察はさらにわくわくするような展開をしていく。その紹介は置くとして、さわりの部分を読んだだけで、たとえばみまもり隊という組織と活動の意義が鮮明に浮かび上がってくる。そこで、老人考を続けてきたこの欄の執筆者である私は、遊、教に加え老人は学が必要だと強調したいわけである。(596号13年8月4日)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

コラム駅前広場 老人クラブ命名考第22回 2013年8月11日

亀の井別荘での研修

 東京千鳥ヶ渕に超高級マンションが建つ。分譲価格が一戸平均2億円超、最高額5億円超だ。それでも申込者が殺到する。超富裕層がいることをまざまざと見せつけた。JR九州の超豪華列車「七つ星」、豪華列車といえどもさすがに空を飛ばないだろうが、乗車券は飛ぶように売れている。
 したたり理論というのがあって、強者がもうければそのうち下々(しもじも)にしたたり落ちてゆく、みんなハッピー、だから強者に有利な政策や制度は善だとばかりに我が物顔でのさばっている。ぼろもうけがきわまり富の一極集中が起こる。ぼちぼちしたたり落ちてくる頃合いだと待っていると、たとえばリーマンショックみたいなのが起こり、強欲な人たちの宴の後始末に公金が投入される。マネーゲームに見向きもせずこつこつと税金を納めていた人は泣きっ面に蜂という光景は繰り返してきたというのに…。
 グチやねたみは精神衛生に悪い。そこで「七つ星」だけど、乗務員にもてなしの極意を身につけさせるため湯布院亀の井別荘で研修を実施したという。さすがJR九州だ。なにしろ湯布院は世界一のもてなしの水準を誇る。(決めつけるのがこの欄の執筆者の欠点です)。
 篠栗町がもてなし日本一を目指すのなら「七つ星」を見習って引退組を集めて亀の井別荘とか玉ノ湯でもてなしの心と技を特訓させればいい。日本が誇る超名旅館だから受講希望者は多いだろう。落選者もリストアップする。毎年続ければもてなしの達人たちが篠栗町に蓄積していく。超の字の多いこの文章を、超もてなしの町篠栗をめざそうで締めくくる。(598号13年8月11日)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

コラム駅前広場 老人クラブ命名考第23回 2013年8月18日

生産年齢人口増の確実な対策

 松田町議や荒牧町議の一般質問を聞いていると、篠栗町の人口増、とりわけ生産年齢人口を増やしたいという思いが強く伝わってくる。(8月1日に発行された「議会便り」をお読みください)。

 新町区の公民館付近から庄の西林寺を経て今里団地へと散歩をしていると、私が子どもの時分からは想像もつかない風景が迫ってくる。畑とか裏山だったところが、今ではぎっしりと住宅が建ち並んでいて、昔はどんな姿だったのか思い浮かばないほどだ。そこでは生産年齢人口にあたる人たちが町内外の事業所で働き、収入の一部を町民税として負担し町の財政を支えている。持ち家だから町のもう一つの基幹税である固定資産税も納めているだろう。一方落ち着いた町並みとなっている二、三十年たった住宅街は引退組が仕事から解放されてゆったりと老夫婦の生活を楽しむ。逆に身体の不調で難儀な生活を強いられている人もいるに違いない。彼らを支えるために働いて稼ぐ世代が町には必要である。しかし現役世代もいずれ引退組となる。だから生産年齢の人たちを町に呼び込まなければならない。際限のない課題なのか。

 昔はそうではなかった。長男坊主は家業を継いだ。当然町にとどまる。夏暑く冬寒い粗末な家に住み続けていた。一転して、1千万も2千万もする家があとを継ぐ人がいずに朽ち果てていくなんてことが心配される時代になった。なんだかおかしい。生産年齢人口を増やす、少なくとも減らさないもっとも手っ取り早い方法は、子や孫が生まれた家にそのまま住み続けたり戻ってくる関係を作ることではないか。

 
 
 
 
 
 
 
 

コラム駅前広場 老人クラブ命名考第24回 2013年9月1日

グローバル人材と引退組

 農耕社会が長く続いたのが日本の歴史である。働き盛りの人たちが生まれた地で職業生活はじめ日常生活のほとんどを過ごした。米野菜を作り牛馬の世話をし、草刈りや柴刈り、そして水路を造り道普請もして、農作物の生産に励み豊かな地域をめざした。日本の経済力が飛躍的に発達した今、風景が一変した。農商工業を営む人をのぞき成人は町外に働きに出かける。グローバル社会といって今では海外まで繰り出している。日本のために国際競争に打ち勝つためその能力を全開している。地域活動にさける余力は、そう多くない。

 地方自治とか地域興しとかいっても肝心要の人材が町には不在なのである。だからこそ高齢社会は危機ではなく好機ということになる。地元に密着して活動できる世代が増えるからである。今問われているのは、まちづくりの主力部隊として引退組を位置づけ、行政施策や機構づくりを進めることではないだろうか。そのことにいち早く気づき、具体的な取り組みに着手する、そうすればまちづくりの先頭ランナーになれる、なんてことを夢想する。

 とまあ、行きつ戻りつあーでもないこうでもないと老人考を長々としたためてきた。書きはじめたときは、老人クラブのすてきな名前を作ろうということだった。出雲市の模範的な先例もあるし、名前さえできれば老人クラブへの参加意欲が高まり、歯車はいい方向に回り出すだろう、そんな感じだった。ところが少子高齢社会というのは幅は広く奥が深い。参考に本を読み出すと深みにはまってしまった。次回、講習会を主題として結論に何とかたどり着こう。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

コラム駅前広場 老人クラブ命名考第25回 2013年9月8日

県職員の宿命

 40年間県職員として勤めた。言うところの「大過なく勤め上げ」て今は引退組となっている。大過はなかったものの〈すべて公務員は全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない〉と憲法が定める公務員の仕事を全うできたかと問われれば…。あえて言い訳めいたことを書けば、個人の能力、努力不足があるにしても最大の原因は教育訓練システムの欠如にあると私は結論づけている。県税を扱う県税事務所、生活保護などを担当する福祉事務所(というか今では保健福祉環境事務所といっているが)、川や道路を建設維持管理する土木事務所(これも今では県土整備事務所という)などが勤め先だった。それぞれの事務所に新たに配置されると「新任研修」というのが1週間前後用意されている。この期間では明らかに絶対的時間不足である。国の税務職員が税務大学校で2年間みっちりと勉強する、あるいは警察官は警察学校で半年間、犯罪者や暴力団と厳しく対峙するための厳しい訓練を受ける。彼らと比較すれば圧倒的不足は明らかだ。非常に困難な課題を抱えている母子世帯など様々な世帯を指導していく立場の生活保護担当員(ケースワーカー)が2週間にも満たない研修で使命を果たすのは苛酷というものである。

 県という行政体は長期間の研修ができない宿命を負っている。なぜなら、税務署職員や警察官と違って短期間に部署を変わっていくからである。5年間で職場が変わる。つまり5年間の仕事のために半年とか1年間の研修など間尺に合わないからである。OJTという形で県職員は必死に習得しているのが現実だ。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

コラム駅前広場 老人クラブ命名考第26回 2013年9月15日

善意が悪意に

 うつ病の人に「がんばれ」は禁句だという。病気でつらい日々を一生懸命になって生きているのに、「がんばれ」ということばに、まだ自分の努力は足りないのかと打ちのめされるというのだ。病状はさらに悪化する。励ますために、いたわろうとするために発した声掛けは逆に病人にとっては刃となる。
 基本的な知識もなく仕事に従事している人は少なくない。知識がなければ善意でやっていることがあだになる。現場で働いて体で覚えるというのは大事なことだがそれだけでは片・手落ちだ。ときに致命的失敗につながる。ボランティア活動も同様であろう。活動の基礎とか本質とか目的とかが理解できていなければ労多くして実が少ない、ばかりでなく逆効果になるおそれさえある。
 50歳になってはじめて生活保護ケースワーカーをして、どう対処していいのかわからないことが多かった。ふつうに生活しふつうに人生を送ってきた者が経験したことがないようなありとあらゆる難問を、貧困故に、病弱故に、不運な人生の連続故に、抱えている受給者が多いからだ。福祉や医療や教育など様々な制度や施設を活用しながらそれらの難問を解決していく、究極は自立できるように指導していくのがケースワーカーの仕事である。知識がないと逃げ出したくなるが、経験を重ねて知識が増えると、達成感を覚えるやりがいのある仕事に変わる。だがOJTではその域に達するまでの時間がかかりすぎる。だから県職員にもボランティアにも研修は大事だと痛感する。知識不足だと的はずれな仕事をしているかも知れないしやる気もそがれるし‥。(603号13年9月15日)

 
 
 
 
 
 
 

コラム駅前広場 老人クラブ命名考第27回 2013年9月22日

中央政府VS地方政府

 聞いただけでは何のことかわからない「自治基本条例」という〈町の決まり〉をつくるのがちょっとしたブームになっている。乱暴にいってしまえば「町の憲法」ってことになるのか。
 なくてもすんでいた「決まり」がなぜ今になって必要になったのか。次の二つの時代背景があるからだ。①十数年前までは国の政府が全国一律に道路や橋、また年金などの制度とかを作っておればだいたい間に合っていた。それらがほぼ完成の域に達して、今求められているのは、それぞれの地域事情に応じてきめ細かな施策や事業に変わった。つまり国という中央政府から市や町といういってみれば地方政府が責任を持って住民のために様々な施策を展開しなければならない時代となったわけである。市や町というのはこれまで国の指示や指導を受けて行政を進めるだけですんでいた。だが地方自治の時代は自らが責任者となって中央政府という先生役がいない条件下で地域の政策づくりとその実行をしなければならない。国には憲法という基本となる、かつすべての法律の上位に位置する「決まり」がある。政治・立法の権力を持つ国会議員、国会で決まったことを実行する内閣・官僚たちには絶大な権力がある。彼らが国の主人公である主権者に悪さをしないように、国民のために粉骨砕身するように定めたのが憲法である。(これを今はやりの立憲主義というらしい)。国と同じような権限と責任を持つことになった地方政府にも今からは憲法に当たる決まりが必要だということになったというのが自治基本条例ブームの一つ目の理由だ。(続く)(604号13年9月22日)
 

 
 
 
 
 
 
 
 

コラム駅前広場 老人クラブ命名考第28回 2013年9月29日

金の切れ目は‥チャンス

 「自治基本条例ブーム」の二つ目の背景となるのは次のようなことだろう。高度経済成長が終わって潤沢な予算は遠い過去の話となった。金がないから自分が住んでいる町を住みやすく豊かな地域にするには、一人ひとりの住民が知恵もだし汗もかかねばならない。町の運営や町作りのプレーヤーはかっては町長と役場と議会だけだった。予算の裏打ちがあるからそれで事足りていたわけだ。金がなければどうするか。
 篠栗の現在の動きを見ればその答は見えてくる。非力ながらこのミニコミでも伝えてきたように、たとえばおやじの会やみまもり隊などで構成されている「篠栗小校区づくりの会」が子どもの学力向上や健やかな成長を願って様々な活動を進めていること、篠栗中学校生徒会が「クリーン大作戦」と銘打って町内の環境美化活動の先頭に立っていること、あるいは丸見屋寄席といった形で文化や芸術の普及を有志が担っていること、さらに生ゴミ講習会を企画運営したエフコープテーマクラブの活躍など、三浦町長が提唱する協働のまちづくりが着々と実を結びつつある、これが二つ目の時代背景である。
 そういう動きとともに「自治基本条例」を制定する必要性が生じてくる。これまでのプレーヤーである議会や役場には法律や条令で、しなければならないこと、してはいけないこと、あるいは相互の関係などが定められていた。新しいプレーヤーにも同様に定めが必要になってくる。そうしないと目的を逸脱するような動きが出てこないとも限らないし、効率的な連携ができないし、紛糾したときの調停役がいないからだ。(605号13年9月29日)

 

 
 
 
 
 
 
 
 

コラム駅前広場 老人クラブ命名考第29回 2013年10月6日

産みの楽しみ

 〈「隣の自治体がやっているからウチも」式に、流行りに乗っかって作られる自治基本条例が、いかに空疎なものであるか〉と強調するのは九大の出水教授である。町づくりのために多くのプレーヤーがあちこちで活動し協力し目に見える協働の仕組みを形作っている町こそ、内容のある自治基本条例ができるということである。活動団体の使命や、団体間の役割分担を整理し条文化するのがとりもなおさず自治基本条例策定である。にぎやかに奏でられているメロディを調和させハーモニー豊かな音楽に昇華させる、わくわくするような魅力的な作業が自治基本条例づくりということになる。というわけで様々なプレーヤーの活動があちこちで芽吹き花開いている篠栗は条例づくりの最短距離にあるということだろう。
 条例を作る作業は町づくりを実際に担ってきた人たちが集まり互いの経験と知恵を持ち寄って話しあって進めていくこと、そうすれば経験や知識や技術やネットワークが蓄積し倍加していく。それが篠栗町自治基本条例に結実していけば全国に誇れる条文となるはずだ。芝生のオーソリティ安河内さん(篠栗小おやじの会代表)と植樹に炎を燃やす村嶋さん(森づくりの会代表)森林セラビー森の案内人が、弘法大師のめがねにかなった聖地篠栗を、静謐なる聖地の極限をめざし発展させる、とかいった侃々諤々の議論が条例の一章を飾る。あるいは篠栗小校区づくりの会十時代表と篠栗中生徒会役員が対等の立場で教育をテーマに意見を交わすというエキサイティングな光景もぜひ見てみたいと思う。(606号13年10月6日)
 

 
 
 
 
 
 
 
 

コラム駅前広場 老人クラブ命名考第30回 2013年10月27日

変幻自在

 自治基本条例のキモとなるものとして、出水教授は〈常に見直していくことが大事だ〉という。つまり条例改正作業だ。ここが国の憲法と大きく違う点となる。そういえば違憲審査権がないのも大きな違いかと次々に疑問がわくのだがあらためて参考書にあたる暇はないのですっ飛ばして‥。
 自治基本条例は、一人ひとりが町づくりに参加するときの道具だし、基本的な枠組みを定める決まりごとだし、協働の精神を発揮する際の指針だし、刻一刻と変わる状況に適合するように変えていかねばならないわけだ。町は生きている。顔ぶれと人口構成も変わるだろうし、産業構造も変わるかも知れない。それに、精魂込めてつくっても、使い勝手の悪い決まりごとが盛り込まれていてせっかくの意欲をそぐことにもなりかねない。隣の町がすばらしい条文のもと、活発な活動をしていることだってあり得る。いいとこ取りをすればいい。で、たえず見直してよりよいものに高めてゆく。
 そのときに強みになるのが、策定の時に町づくりグループが集まって条例づくりをしていれば、見直しも同じ手法がとれることだ。条例に基づいて実際に活動をしている人がその不具合や足りない部分をあらためるために意見を交わし改正をすすめてゆく。そうすれば時代の変化に即した条文になるだけでなく現場の実態にあった使いやすい条例に磨かれてゆく。策定時に市民が参加するというのはすでに実行している自治体はある。だが改訂時にも市民が全面的に参加するという事例はまだないようだ。その開拓者に篠栗がなればいい、いや、なれそうだ。(609号13年10月27日) 

 
 
 
 
 
 
 
 

コラム駅前広場 老人クラブ命名考第31回 2013年11月3日

天才の悩みを共有

 西日本新聞朝刊に連載中の「言葉のあやとり」と題する阿木燿子さんの文章は、毎回といっていいくらい教えられるところがある。かつ読み応えがある。〈時折、人から阿木さんの場合、詞が先ですか、曲が先ですかと、きかれる。〉で始まる第9回の〈詞先・メロ先〉では、すでにメロディが決まっていてそれに詞をつけるのは、大きさに制約がある分、形を決めやすいため楽で、メロディがないのに詞を作るのは、無限の広がりがあって、その作業はつらいといったことがかかれている。
 この欄の執筆者は「そうだ、そうだ」と相づちを打ちたくなる。コラムとか雑文とか言うのは決まったテーマがあるわけでなく森羅万象が対象だ。だから無限の広がりがあるわけで、そこのところが大変なわけで。そこでテーマを限定するとぐっと楽になる。引退組をテーマに長々と書き続けているが実は居心地がよかったのだ、ということに阿木燿子さんの文章で気づくこととなった。
 ぬるま湯に浸かって楽をしていて四方八方に話をひろげすぎて、いつしか水が冷たくなり収拾がつかなくなった、つまり出口にたどり着くことができなくなってしまった。
 文をつづるという作業には三つの目的があって、一つは報告連絡であり、たとえば会議の招集文だったり、次に表現であり、たとえば小説や詩歌だったり、そして三つ目が文を書くことによって思索を深める、である。今年の3月からはじめた老人考は、自治基本条例までつまみ食いしてしまってそれなりに考えは深まってしまった、有り体に言えば拡散してしまった。次回から引き締める。
 

 
 
 
 
 
 
 
 

コラム駅前広場 老人クラブ命名考第32回(最終回) 2013年11月17日

最後は町議会の出番

〈まとめ〉引退組は最大にして最良の町づくりの主役だ。彼らが持つ好条件は豊富な経験と時間的余裕である。65歳から75歳という期間は、人生のもっとも輝かしい十年間ではなかろうか。そんな世代がここ10年間ほど大量に存在するのが我が日本であり、地域だ。彼らをその気にさせ活動させた町こそがこれからのトップランナーとなる。もちろんおやじの会などの現役世代との連携、さらに町内の最大の規模を持つ小中学校の生徒たちといかに手を組むかも大事なことだ。
 引退組が活動の中心となるためのより所というか結集軸といったものが必要となる。それはたぶん講習会とか研修会とかセミナーとかいう名の学びの場だろう。町の中長期の目標となる事業を遂行するための技術知識を持つ人を育てる講習会を企画すれば、活動の呼び水になるし、人材を育てられるし、町の目標を全体で共有できるしと、いいことずくめだ。
 講習会のテーマ選びこそ、まさに町政の最大の仕事、つまり町議会の使命となるのではないか。町議会の傍聴は議員の努力と能力をしても、正直あと一つおもしろさに欠ける。講演テーマ選び、講師選び、カリキュラムづくりを町議会の場で議員たちが町民の声を背景に徹底的に議論する。町外の人も受けてみようかという魅力的な講演会を企画できればもう成功したも同然だ。で、そのあたりのことを自治基本条例に盛り込む。とまあ、勝手なことを想像たくましくしているのはこの欄の執筆者である雑文書きの私なのだが、ともあれ引退組の活躍こそが町の水準を決めるのを誰しも否定できまい。